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0614_結んで開いて

 目の前の2人が手を繋いでいた。

 私も彼らも駅の階段を登っていて、急ぐでもなくトントントン、と小気味良い。彼らは、私の数段先にいる。お互いの指を編むような所謂恋人繋ぎではなく、握手をしてそのまま優しく握り合うような繋ぎ方だった。それが何となく、とてもキレイで自然頬が緩んだ。私も、私の右の手のひらをきゅっと握ってみた。少し伸びた爪が手のひらに食い込んで痛い。

 階段を上りきると、彼らはそのまま、ホームの真ん中あたりまで歩き、ベンチに座った。手をつないだそのままで、ただ前を向いている。私はその様子を、少し離れたところからそっと見ていた。二人は、何も話していない。

「まもなく2番線に電車がまいります。黄色い線の内側までお下がりください」

 アナウンスが流れると、ちらほらと電車を待つ人達が黄色い線の内側に下がり、何となく、乗車口に列をなす。平日の昼間だからか、そんなに人はいない。
 私も、並んだ。
 彼らは、並ばなかった。

 私は、どうしても目が離せずにいる。少しして、電車がゴォッと勢いよくホームに入ってきた。人々はまだ扉もあかないのに、入り込もうとするように皆が少しだけ体を前に寄せる。電車に吸い込まれるようにも見える。そうして、皆が電車に注目する傍らで、彼らはその手を離したのだった。運良く、私は、その場面を見過ごすことなくしっかりと見ることができた。
 離れた手は、元々繋いでなどいなかったというようにして、一方はポケットの中へ、一方は拳にしてぎゅっと握っている。
 プシューッと、電車のドアが開いた。私は、乗り込むかどうか躊躇いつつも足を進めている。すると彼らは、ほとんど同時にベンチを立ち上がり、右と左に分かれて歩き始めた。私は、電車の中、扉の近くで見ている。
2人がそれぞれバラバラに、歩き、同じ電車に乗った。
 え。
 同じ電車の違う車両に乗ったのだった。

 何事もなかったかのように。
 二人はすれ違ったこともないかのように。
 同じ電車で違う場所に向かうのだと表明するように。

 扉が閉まり、電車が走り出す。
 車両の違う彼らの姿はもう追えない。私は車窓を眺めてぼんやりすることにした。

 明日もまた、やってくるのだろうか。

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