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0611_野田と佐伯

 その人は緑に白い水玉のシャツをよく着る人だった。

 同じ学校に通っていたと言うだけで、特別に仲が良いわけでもなく、通学路が一緒だとかクラスが一緒なわけでもなかった。ただ、他の誰かと誰かがそうなるように、たまにすれ違うその時に、お互い自然に目が合う。少なくとも僕はそう感じていた。
 僕らの学校は校風自由な私立だったので、制服でも私服でもよく、佐伯と言うその人はいつも決まった服を着ていたのだ。彼と僕はそういう間柄だけで、それが何かに変わることもなく、中高一貫の学生時代6年間を過ごしてきた。

「野田、だっけ」

 だから、卒業してからまさかまた会えるとは思っていなかった。思っていなかったし、話しかけられるとも思っていなかった。

「うん。佐伯くん、だよね」
「同じ大学だったんだな」
「そう、みたいだね」

 大学に入学して3ヶ月に入り、それを知る。友人を作るつもりも無かったので、誰がいるかなど、確認さえしていなかったのだ。佐伯がいるなんてツユほども思わない。

「同じ大学なら、仲良くやろうよ」

 佐伯が言う。
 僕は少し、いや、とても緊張していた。いつもすれ違うだけの、話すことなどないと思い込んでいた彼に話しかけられたことで、動揺し、脈は速く、呼吸も荒かった。そしてそれがバレないように抑えることに必死でいた。それだけで疲れるほど。

「うん、そうだね。仲良くしよう」

 僕が半ば何かを諦めて彼を受け入れてみせると、彼はとても嬉しそうに笑ったのだった。その笑顔が、今僕が見る大空に映える夕焼けより煌めき、近づく夏の暖かさより熱く、そうして誰よりも魅力的に見える。僕は、彼への憧れを思い起こすともう止まらなかった。彼はいつも輝いていた。友人も多く、スポーツも得意で爽やかだった。勉強はそこそこといったところだが、授業以外では勉強をしているところを見たことがないのだから十分なくらいだ。
 白状しよう。僕はずっと彼を目で追っていた。学校に着いてから帰るまでのずっと、彼を、見ていた。
 
 自然に目が合っていたのではない。
 僕が見ていたのだ。

「なぁ」

 佐伯が僕の目を見て続けて言う。

「なんで?」

 なんで、とは何を指しているのか、僕はぽかんと彼を見ていた。

「なんで、緑に白の水玉のシャツ着てるの」

 僕のシャツをツン、とつまんでいった。
 なんで、と言って、彼は笑っている。

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