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0508_全力の無駄

「お腹すいた?」
「うん、少し」
「パン、分けてあげるよ」
「ありがとう」
「······あ」

 ころころころと、小さなロールパンが転がっていく。私はそれを見続けているが、ソウくんは追いかけ始めた。待って、待ってと言いながら、坂でもないのに、転がり続けるロールパンを追う。
 私もそれに付いていくことにした。
 私は、トコトコとのんびりついていく。ソウくんはドタドタと足がもつれそうになりながらパンに続く。それなのに、私もソウくんも同じ速度でパンを追っている。トコトコもドタドタも同じなのだった。

 私は思い返していた。こんなふうにのんびりと歩くのはいつぶりだろう。私はいつも慌ただしく何かを求めて歩いているのだった。こんな速度ではロールパンどころか私のなりたい私にだって追いつかないだろうと思う。

『私のなりたい私』ってなんだろう。

 ドタドタと走るように歩いて走るソウくんは、今、何を考えているだろうか。追いかけなくてはと焦っているだろうか、それととヒイヒイと走り続ける体が悲鳴を上げているのだろうか。
 私はチラとソウくんの顔を覗き込む。

 彼は笑っていた。

「こんなに夢中で何かを追いかけたことがあるだろうか。そもそも、パンがこんなにずっと転がるものだろうか。いや、大体にして、ここは坂でもないのに一体全体どうして」

 一息にまくしたてると、ソウくんは、わはははと大きく口を開けて笑った。そのうちにボツボツと雨が降ってきた。

「こんな、雨の中、これ以上楽しいことがあるだろか!」

 そう言って笑うものだから、私もおかしくなってつられて笑った。笑って、ピタリと止まる。
 私の道は坂ではなかった。もちろんソウくんの道も坂はなく、ロールパンはそっと少し先の方でゆらゆらと揺れて止まった。もう止んでしまった雨がしっとりとパンを濡らした。

「何とも無駄な全力だったなぁ」

 ソウくんがあまりに快活に笑うものだから、普段バタバタドタドタと走る私のこともきっと笑ってくれるだろう。
落ちたパンを拾い、半分にわってから、近くの鳥にやった。

 私のなりたいものは全力の無駄の先にある気がした。


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