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0521_私の公生

 仕事なんてそんなもん。だなんて、公生が言うので、だったら納得するしかないのかと、うっかり思ってしまったのだった。

 好きなことを仕事にできている人なんて極わずかだし、その奇跡的な人がそれでいて幸せかどうかはまた別である。そもそも仕事なのだから楽しいわけがないのだ。それでお金をちゃんともらえているのなら、それ以上望むのは贅沢と言うものだ。

 こんなふうにも公生が言う。

 だから、世の人は皆、自分の今の仕事の中で楽しみだとかやりがいだとか、成長への期待だとか、自分なりに自分で探して手にするんだよ。仕事が嫌なのは好きなことではないからだ、なんて安易も安易である。

 ってな感じでまた続く。

 自分のことなんだからもっとちゃんと真剣に考えた方が良い。そんな鬱々としているのは、さては暇だからくだらないことを考えているのではあるまいか。

 公生はそこで、ふぅ、と大きめの息を吐き、改めて私に顔を向ける。私は、何となく、ああ、なるほどなぁ、と思った。

 仕事はお金をもらうためであり、むりくりやりがいだとか楽しみを見つけ、好きなことは仕事にはできないものとして諦め、我慢すべきだという人間の顔とは、このような感じなのか。ふむ。

 私は公生背を向けて、近くに停まっている車のミラーを覗き込む。そして、ああ、なるほどなぁ、と思う。

 そんなふうにキレイに割り切れないし、かと言って、好きなことに向かって過去を切り捨てられるほど自分に自信があるわけでは決してない人間の顔とは、このようなものなのだな。ふむ。

 こうして、私はいつもいつも、進めないでいる。公生はそんな私のそばにいつもいてくれる。二人して、どこにも行けやしないのだ。

 でもなぁ、と公生が再び口を開いた。

 たった1度の人生なのだ、仕事だからとか何だとか考えずに好きなことに向かってそれを全うすることはどんなにか憧れるものだなぁ。

 そう言って、キラキラと笑った。
 公生の顔を見て、私もまた思う。

 たった1度の人生で、たった1度、奇跡的にも、私は今の仕事をしているだけなのだから、その奇跡にちょっとくらい興味を持ってみても良いのかもしれないなぁ。

 そうして、私はいつもいつも、少し進もうとする。公生はそんな私のそばに今日もいる。二人して、ここにいる。

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