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0524_白いズボン

「おはようございます」

 玄関口で靴を履く私の目の前を、颯爽と足早に過ぎるのは白いズボンの女性だった。
 私の、5歳になる娘が通う保育園の、同じクラスのママさんだ。私は少し遅れておはようございます、と返した。正確にはおはようございましたである。
 彼女は白いズボンを履いている。太めのジーンズだった。グッと上げたウエストにネイビーとホワイトのボーダー柄セーターの裾を入れ、高いウエストからは脚が長く見える。身長はどちらかといえば低めの女性であるが、その脚長効果に加えて(もしかしたら効果ではなくただ脚が長いのかもしれないが)、挨拶の爽やかさと、すっと背筋を伸ばした姿勢の良さからそこそこの身長にも見える。
 
 白いズボンが似合っていて格好良い。

 ボーっと見惚れていたら電車の時間が迫っていることに気付き、私も慌てて園を出る。駅までは8分ほども歩けば着いてしまう。着いてしまうので、電車も来てしまうし、乗ってしまえば会社にも着いてしまう。はぁ、と大きめのため息をつきながら、そうは言いつつもちゃんと早足で歩いている。
 
 私は、白いズボンは履けないなぁとふと思う。

 そもそもジーンズが動きにくくて苦手である。ここ数年履いていない気がする。例えばストレッチ素材のズボンやオフィスで履くチノパンのようなもの、ああ、大体ワンピースが多いかもしれない。そのどれも、白ではなく、多少でも色があるものばかりである。私は、白は着れないなと思っている。これはズボンでもトップスでもそうだ。

 白は汚してしまうから。

 そう思ってみるけれど、よく考えれば白だから汚れるわけではないのである。白であれば汚れが目立つね、と言うだけである。他の色の服でも汚れればそれは汚れるわけで。
 私、なにか思い違いをしているなぁと思う。思いながら改札を抜ける。
 白を着れば汚れるわけでもないし、色がある服で汚れていいわけでもない。何色のどの服でも、汚れないことが良いというだけである。
 私は絶対汚すと分かっているから、当たり前のように汚れが目立つ白を着ることができないのだと思う。

 なんで、私は絶対汚すと思い込んでいるのだろうか。汚さずに生きることだってできるだろうに、何故思い込んでいるのだろう。

 そう思うと、私の思っている色んなことがただの思い込みのように思えて急に息苦しくなるのだった。

 私も、白いズボンを履いてやろうと思った。思って、会社へ向かう電車とは違う電車に乗ってみる。

 会社に行かなくてはならないだなんて、何故思い込んでいたのだろう。
 颯爽と生ぬるい風が私を抜けた。

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