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0715_ぐぬぬ

 あと10分で帰ると、母から電話があった。

 そのすぐ後にガチャリと玄関の鍵が開けられ、ドアが開いた。
 そこに、母がいた。

「私が出かけに言うたこと、ちゃんとやってんのかなと思って確認したくてな」

 『言うたこと』とはリビングを片付けておくこと、である。何も難しくも大変なこともない。散らかっているのは自分たちの持ち物ばかりだから、やるかやらないかだけである。

 で、私も妹もやらなかった。

「あーやっぱり片付けてないやん」
「帰るの、あと10分て言ったやん」
「そこで片付けるつもりやったの?」

 私も妹もコクリと頷いた。小4と小2の私たちは部屋の片付けについて、まだ母親に小言を言われるのである。

「おやつを食べたら片付けなさいって言ったやろ。2時間も経ってて片付けてないのはちゃうやん」

 怒ることなく、事実なのか淡々と言われ、私と妹はこうなるといつも、ぐぬぬ、となる。

 それは30歳になってもそうだった。

「先に入ってなさいって言ったのに」

 病室の扉前、背後から今到着した母の声が響く。

「そうだけど、何かお父さんにあったら
どうしようって……」

 私が妹と顔を見合わせていると、母が笑った。少しだけ困ったように、仕方のない子ね、とでもいうように。そして私と妹の前に入り、ドアを開ける。

「もう何かあってるし、私がいてもいなくてもお父さん変わらへんよ」

 小さくポツリと溢した。
 そらそうだ、と私と妹はやっぱり、ぐぬぬとなる。

 父はベッドで眠っていた。夕焼けが窓から差し込み、じりじりと父を照らしていた。暑くないのだろうか。

「お父さん、子供ら来たよ」

 交通事故で父が意識不明で眠ったまま、もう2日が経とうとしている。私も妹も、遠方に離れて暮らしており、やっと会いに来れた。

 母の言う通り、父は何も変わらなかった。正確には、私たちの知っている父からは変わっていたが、目を覚まさないことに変わりはない。

 私たちは面会時間いっぱいまでいて、今日は実家に泊まることにした。

「お父さん、大丈夫かなぁ」

 妹が思わず口にした。それに少しだけ重ねるようにして母が言う。

「大丈夫。絶対大丈夫よ」

 母はそう言い切り、私たちに笑ってみせた。その目に涙が浮かび、触れていた腕から、震えが伝わった。

 私も妹も、ぐぬぬ、となるかと思ったが、二人揃って、いつの間にかか細くなっている母の肩に手を載せてぎゅっと抱きしめた。
 うんうん、そうだよね。そう言って私も妹も母に笑いかける。

 気丈な母を、たまには支えられるように。

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