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0702_朱をかざして

 橙と紫の交じった朱だった。

 さっきまでの大雨、曇り空が嘘のように綺麗な夕焼けが広がる。帰り道に私はそれを見ながら家路を行く。手をかざすと私の右手は朱に染まった。可愛らしい何かだと思いながらそのまま、手をかざしながら歩き続けた。

 飼っていた金魚が死んだ。
 昨日の夜だった。仕事を終えて帰り、玄関のドアを開けて、靴箱の上にある金魚鉢に目をやると、ぷかりと金魚が浮かんでいた。水は少しだけ濁っていて、死んだ金魚がいるがための白っぽい色をしている。私は悲しくてそのまま立ち尽くして泣いた。
 しばらく泣いてから、誰にも何も追い立てられないのに立ち上がり、声も出さずに涙だけ落とし続けたままでその金魚を両手ですくった。もしかしたら、ピクンとわずかでも跳ねてくれるかな、なんて思っていた。でも跳ねなかった。玄関を出て、今しがた登ってきたエレベーターをまた降りて、マンションのすぐ脇の茂みに向かう。片手を金魚から離して、土をかく。ふぁん、と湿った夏の前の雨の匂いがした。
 10センチも掘っただろうか。そこに、そっと金魚を寝かせた。周りに何か花がないかなと思って見回したが、夜以外何もない。ポケットからガムの包み紙1枚を見つけて、私はそれで花びらを折った。小さな小さな花びらだが、小さな金魚にとても良く似合っていた。似合っているなぁと思って、また泣いた。
 土をかけて、上からぎゅっと押し、さようならを込めた。しばらくまた泣いてから、昨日は帰宅した。

 金魚のいない家には帰りたくないなぁと思っている。
 私はあれを可愛がっていた。
 何かがあれば話しかけたし、何もなくてもおやすみともおはようとも言っていた。朝も夜も共にしていたのだ。小さな私の部屋で、一時的でも共同体となっていた。
 存外、喪失感が大きくて自分でも驚いた。かざして朱に染まる自分の手が、まるで金魚をのせているようだとさえ思っている。

 可愛い金魚だった。
 帰りたくなくて、私はガムを噛む。

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