0612_私達のヘルペス
上唇の左側がじぃんとする。
かゆいような、じんじんと痛くない痛みとかそういうものを感じている。とても不快ではある。不快ではあるが、私はこの正体を知っている。
「あ、やっぱり出来てるね」
同僚の山本が外出から帰るなり私に言った。と、言うことはと私も察する。もう何枚目かの伝票の書き直しを行う手を止めて山本に体を向けた。
「今回は左に7つ」
「あ、一緒じゃん。私は5つだけど」
7つと5つなら一緒ではないじゃないかと思いながら、そんなことはどうでもよく、私たちは顔を見合わせた。向かい合わせてそれぞれの左側の唇がぷっくりと腫れ上がっている。よく見ると、小さな小さな水疱のようなものが集まっている。必然とアヒル口のようになるから面白い。ぷくぷくと可愛いといえば可愛いのだが、決して可愛くはない。
私と、山本のヘルペス。
生理周期が似通っているせいか、私たちはこうしてヘルペスを同時期に作ることが多い。つまり、同時期にストレスやホルモンバランスの変化なのかヘルペスを発症させているのだ。他の同僚にはいないので、心強い。だからといって何か助かるわけではないけれど、なんとなく同志であると思っている。
「ついでにちょっといい?」
山本に呼び出されて近くの開いていた会議室に2人で入った。
「私、今日で辞めるから」
「え」
「今から部長のところ行ってくるけど、そのまま退社してもう来ない予定。柳瀬には先に伝えておこうと思って」
そう言うとニィっと笑った。
「なんで」
あまりに突然だったので、私はそんな風に聞くしか出来なかった。
「うーん。ストレスが体に出ちゃうから」
なんてね、と彼女は笑っている。その左の上唇は赤く熟れた小さな粒々がてらてらと光る。私はそれを見て、自分のヘルペスを舌でなぞった。ポコポコしていて気持ち悪いし、舌でザラリと触れた部分がジン、と痺れている。
「ヘルペス、もうできないといいね」
「私にできる時はあんたにもできるときだから思い出してよね」
もうそんなに頻繁に出来ないよと言うと、山本も笑って、上唇をザラリとなぞる。
こうしてまた、右の上唇にもヘルペスが出来るのだろう。そして、山本にはまたそう遠くない内にまた会うのだろうなと思った。
人差し指で触れた自分のヘルペスが、じぃんと熱を持って熱かった。
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