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0519_メガネを通してそれで

 車窓から見える町並みの色合いはその日の天気に左右される。雲一つない真っ青な青空できらきらと太陽が輝いているような日は、工事中のビル群を見ていても全面カラフルな灰色に見えることがあり、私の視界は明るく輝く。一方で、薄暗い曇りの日にはどんなにカラフルな建物がならんでいても総じてグレーがかって見えるのだった。明るさと薄暗さ、彩りとグレー。同じ世界なのにそれはまったく変わる。
 そこに雨が加わると、これもまた世界が表情を変える。カラフルでもグレーでも何でも、全てが滲んで見えるのだ。どちらかと言うとグレーに近いが、色がないわけでもないのでなんとも言えない。
 天気など関係なく、変わる景色もあった。
 メガネを外して滲む世界。度の違うメガネをかけて変わる景色の色味。私にはいろんな色の世界があって、それは一人で感じるものもあれば、誰かと一緒でようやっと感じるものもあって、私の世界はとてつもなく広いのだと思えて、その瞬間が私はたまらなく好きだった。

「メガネ、外して」
 あなたがそう言った時の窓の外は何色だっただろう。空の明るさや天気はどうだっただろうか。もう、忘れてしまって思い出せないでいる。
 私がメガネを外すと、決まって私のメガネをあなたがかけるのだった。本当は目に悪いんだけどね。そう言って勝手に困ったように笑って掛ける。掛けて、窓の外を見るのだ。
「君のメガネで見ると、いつでもきらきらと世界が輝いて見えるんだよねぇ」
 不思議そうに言っては嬉しそうに、どこか羨ましい様子でいつまでも私のメガネ越しで外を見回している。私はあなたにそっと近づき、その首筋に唇を寄せて、くん、と鼻から匂いを嗅いであなたを感じて抱き締める。その位置で、その体勢で、あなたが掛ける私のメガネのレンズを通して外を見ると、それはあなたの言う通りいつだってきらきらと世界が輝いて見える。

 天気など関係なく、変わる景色もあった。

 あなたがいない部屋で、同じ窓から見る景色はまったくきらきらしてはくれなかった。雲一つない快晴であるのに、雨もなにも降らない爽快な空一面だと言うのに、私の世界は輝くことなくうっすらとグレーがかって見えるのだ。
 私の世界は思っていたよりも狭く、小さなものに左右されるのかと、愕然とした。

 メガネを外して、空をみて、町並みを眺めて、どうかあなた、帰ってきてよ。

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★著者:あにぃ




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