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0607_偶然の奇跡

 雑踏の中、数メートル先にボーダーの服を着た人が歩いていた。こちらに向かってくる人とあちら側から来る人、少しずれたところにまたこちらに向かってきている人とで、三人いる。まさかと思いながら、私は速度を落とし進む方へゆっくりと歩き続けている。
 1分もしない間に、その3人が横並びになった。
 ボーダーの幅こそ多少違うようだが、黒と白の同じ色のボーダーで揃っている。私は思わずニヤリと口を開けずに笑った。

「こういう奇跡があると、ちょっと嬉しくなるよね」

 カフェで待ち合わせていた山田に、私は席に着くなり、向かう道すがらで生じた奇跡を伝えた。山田は真剣な顔で聞いている。

「本当にただの奇跡だったのかな」

 丁度、ウェイターさんがコーヒーを届けてくれたのでそれを受け取りながら、山田が言う。奇跡を、『ただの奇跡』と言うあたり、私は山田が好きである。くだらない事象過ぎてその事に『ただの』とつけたのかも知れないけれど。

「奇跡じゃないと?」
「例えば、そう言うカルト教の信者の集会が近くにあってその集会の帰りだったりしたら。同じような現象が佐野が見ただけでなく、近くでいくつもあったかもしれないね」

 そう言うと、山田はコーヒーに砂糖を2ついれてかき混ぜた。佐野は私のことである。ボーダーが固まってそこにいた、というところにスポットを当てたのか。「他には?」私は続けて聞いてみる。

「そうだなぁ。その3人、実は知り合いで、知り合いというかなにか悪の組織かスパイかだとしたら。三人が並ぶことでそのボーダーが特別な装置で読み取れるコードになっていて、佐野の後ろくらいにそれを読み取る人がいるとか。で、コードの内容は某国の要人暗殺計画だったりする」
「穏やかじゃないね」

 山田はようやくかき混ぜ終えたコーヒーを一口のむ。私も、既に冷めかけているほうじ茶をやっと口にする。山田が言う。

「どの奇跡でもいいけど、多分、偶然の奇跡が一番面白いよね。奇跡でもないけども」
「間違いないね」

 お互いに手元のカップを交換した。
 私のほうじ茶はコーヒーだったし、山田のコーヒーはほうじ茶だった。砂糖2杯のほうじ茶は甘ったるく、飲めたものではない。

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★著者:あにぃ


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