0308_雪をすくう
白い雪は、多少白くなくても白い雪のままである。道に積もっている土混じりの雪をすくって、そう思う。はらはらと降る雪が私の目を霞ませた。
「救いがないとやっていけないよ」
カシュッと言う小気味よい音を立てて缶チューハイを開けたのはサネさんだった。まだ18時を回ったばかりなのにすでに500mlの2本目だ。表情を見ると全く酔っている様子はない。
金曜日の夜、家の最寄駅の路地裏の小さな古びたベンチに、私とサネさんはいる。毎週、ここで1時間ほど会っている。用があるわけでも、何を話すわけでもない。ただ2人で喋ったり喋らなかったり、ただそれだけの時間。この日は朝から雪が降っていて、すでにうっすらと積もっていた。まだ、雨のようなささやかな雪が静かに降っている。
「私にとってはここが救いかも」
私は開けたばかりの1本目のノンアルを一口飲んだ。酔わないはずなのに酔えそうで不思議。
「こんなところに救いなんてないよ。ここが救いなら、私は他に求めない」
そう言ったサネさんの顔はほんの少し悲しそうだった。
3年前、私は入社1年目の社会人だった。慣れない仕事で毎日疲弊し、輝かしい充実感など少しも感じていなかった。ある週末、帰宅時にここで見かけたのがサネさんだった。その日もやっぱり雪が降っていて、彼女は空を見上げて、缶チューハイを飲んでいた。まるで、サネさんが雪を降らせているような、雪を纏う彼女はとても神秘的である。私もそんな力を持ちたいと思って、つい隣りに座ってみたのだった。
「魔法じゃあないよ。でもまぁ、座ってごらん」
魔法じゃないなんて分かっているのに、こんなおかしなことで声をかけた私なのに、隣りに座っていいと言ってくれた。見上げると、それまでより一層強い雪が降りてきた。
その一瞬だけ、時が止まった気がした。
私は雪が降るのも息をするのも止めて、ただ空を見上げてそこにいた。
横から見るよりも下から見上げる雪のほうがはるかに白い。私は両手を広げ雪をすくった。
やっぱりここが私にとっての救いである。
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★著者:あにぃ
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