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0306_黒子

 真っ白な頬をしていた。
 そこに小さな黒子がいくつか並び、星空のようだった。洋子はその頬に指を触れた。

「本当に、綺麗な肌をしてるね」

 蘭は、触れられた箇所を痒がるように顔をしかめて伏せた。仕方がないので洋子は少しだけ笑って見せ、台所に向かった。こんなことは全く気にしていないと、そう見せたかった。

 洋子が蘭に恋愛感情としての好意を伝えたのは、ほんの数時間前だった。5年、洋子はずっとその想いを秘めていた。秘めたまま、親友として側にいた。それで十分なはずだったのだが、一瞬の勢いで、それが壊れてしまった。
 さっきまで2人は友人数人と夕食をとっていた。その席で、1人の男が蘭に話しかけていた。ずっと好きだった、付き合ってほしい。そう、冗談と真剣さの混ざった表情で彼女に伝えていた。いくらかアルコールの入った蘭は困ったような喜ばしいような顔をして、洋子に目を向けた。潤んだその目が、洋子には『抱いて』と言っているように見えたのだ。そんなはずないのに。そんな風に見え、洋子は混乱し、困惑し、そして興奮していた。

「蘭は私のだから!もうずっと、私だけのものだから」

 思わず、そう叫んでいた。次には蘭の手をとり、2人でその場を離れた。その時の蘭の顔を、洋子は全く見ていなかった。
 男の告白を、茶化して断る流れにすることは出来ただろう。洋子の発言も、なんちゃってね、などと言って濁すことだってできただろう。けれどその全てにおいて洋子は全く真剣であった。蘭の一瞬洋子に向けたその瞳が、彼女をたまらなくさせたのだった。
 大好きだった、触れたかった、愛していた、抱きしめたかったし、キスをしたかった。その頬に触れて、黒子を指でなぞって繋ぎ、そして。

「いつから」

 蘭が口を開いた。台所にいる洋子には顔を向けていない。

「出会ってからずっと。だから5年くらい」

 洋子はコーヒーの入った揃いのマグカップを持ち、再び蘭の隣りに座る。

「知らなかった」

「隠していたから」

 洋子が言うと、カップを持つその手に、蘭の手が重なる。その顔は笑っていた。

「早く言ってよ」

 蘭の手は熱く、洋子の手がそれに熱せられる。蘭が洋子の耳元に顔を寄せた。

「私、洋子の耳たぶにあるこの黒子が好き」

 そう言って、静かに喰む。洋子の閉じたまぶたの裏で、蘭の頬の黒子が光っていた。

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