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0720_ヤママユ

 山岸万由は「ヤママユ」と呼ばれている。
 しかし、私は彼女をそう呼んだことはない。

 高校の同級生であり、3年間同じクラスであった。目立つタイプでもなかったが、疎まれる人でもない。丁寧な立ち居振舞いをする、ごく一般的な女子高生である。
 私とは、偶然の3年間同じクラスであったことに加えて、ごく偶然に同じ大学に入り、同じ学部の同じゼミ生であった。ごく偶然に就職先も同じであり、これもまたごく偶然に同じ支社に配属になった。4月の入社から約3ヶ月の新人研修の末、私と彼女は今、毎日一緒に働いている。

「驚いたよね、こんなにも偶然が続くと」

 倉庫で営業資料を集めるよう指示を受けた私たちは、ぽつりぽつりと話ながら作業を進めていた。私はなるべく手を止めないように、けれど少しでも彼女に視線を向けて答える。

「そうだね、僕も驚いた。せっかくだったら高校時代にもっと山岸さんと話しておけばよかったなと思っているよ」
「私はそれ、ゼミの時に思ったよ。でもまぁ、勇気がないものでねぇ」
「ああ、そう言われると僕も勇気がないね。ゼミのグループも違うから自然な機会もなかった」
「惜しいことをしたよね、私たち」
「本当に」

 山岸さんはさっぱりとした話し方をする。それは相手を気遣ってだとか、緊張してだとか、そういうことではなく、きっと素のままで話しているからだろう。さっぱりとしていて後に残らず、聞いていて心地よい。私を含め、話をしている相手はつられてポンポンと話をしてしまう。
 だからついうっかり、思っていることが口にでる。

「あのさ、僕も『ヤママユ』って呼んでもいい?」

 話の流れをぶったぎって、もう何年も思っていたことを、先週でも昨日でもなく、なぜか今日、口に出た。山岸さんは一瞬驚いたような顔を見せたけれど、すぐに表情を戻した。その目は黒く真ん丸としていて可愛らしい。

「どうしようかな」
「え、だ、だめ?」

 少しだけ私が狼狽えて見せると、彼女は優しく笑った。

「万由って呼んでもらうのはだめかな」

 少し照れたように私を見つめる。私はその目に囚われる。

「万由さん・・・・・・で、まずはお願いします」

 勇気のない私が、何とか絞り出して返すと、彼女はふっと笑った。出会って8年目にして距離が縮まった。

 後に、なぜ私がヤママユと呼んではいけないのかと問うてみると(いけないわけではないらしいが)、「鳥飼君は鳥だからヤママユの天敵になるのよね」と少し困った顔で教えてくれた。

 ヤママユは、調べてみたら意外に可愛い。

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★著者:あにぃ




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