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0805_ジンジン

 左耳の軟骨のピアス穴が痛んだ。

 最近していなかったそのピアスを少々無理に着けたからかもしれない。外して1時間ほど経つのに、まだジンジンと痛い。

「あれ、さっきまでピアスつけていなかったっけ」

 中野さんが言う。

「あー、そうですね、つけていたんですけど、痛んできちゃって」
「もしかして久しぶりにつけたとか」

 中野さんは私の左耳をじっと見ながら言った。まるで悪いことでもしていたのかと疑われているようだ。
 悪いことなど、今、まさにしようとしているのに。中野さんの指が、私のその耳に触れた。痛みのジンジンと、触れられたことに対する違和感のようなジンジンが合わさって妙に熱い。

「仕事中はしていないのに、わざわざ仕事終わりにつけるのはなんでなの」
「いや、だからそれもつけていなかったんですって」
「あ、そっか。でも、前は律儀につけていたよね。たまに飲み会の時につけているのを見た」

 ああ、それは中野さんとこんな関係になる前だろう。もう半年ほど前になるだろうか。その当時は確かにきちんと業後にピアスをつけていた。お気に入りの小さなオーブのピアス。
 私の大切な友人が開けてくれたピアス穴で、そこに最初につけたピアスなのだった。それはもう10年も前になるのだが、今でもそのピアスが一番のお気に入りである。

「久々に俺に会うから着けてくれてたの?」

 中野さんは私の左耳の軟骨のその穴をぎゅっと指で挟んだ。それほど痛くないけれど、全く痛くないわけではない。

「痛い」
「でも、嬉しいと思ってくれているよね」

 そう言われて、不意に、左耳の軟骨のその穴のジンジンとした痛みが、熱いほどの熱が、喜びや緊張のそれではないことに気づいた。嫌悪と怒りに近いように思える。

「中野さん、ごめんなさい。もう会えません」
「どうして」
「私は私だけを見てくれる人を大切にしたいので」
「他に誰かいるの?」

 私は首を振り、それに乗じて彼の手を耳から外させた。じゃあ何故かと聞かれたので、今言ったそれ以上でも以下でもないと伝えた。

 少なくとも、半年前に酔ってその流れで抱き合って(そんなの私も大いに悪いのだけれど)、3度目の逢瀬で奥さんがいることを告げられ、それでも君の方が好きだよ、なんてドラマに出るような台詞を吐かれることもなく、どちらもそれぞれ好きだなどと言って宣う人ではない人を見つけたいと思うのである。

 半ば強引にホテルを抜け出し、まだ明るい空を見る。
 ジンジンとした左耳の軟骨にオーブのピアスを着けた。
 
 爽やかな痛みのジンジンもあるのだと知る。


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