0608_夜にココア
夜に外に出た。
夜中と言うにはやや浅く、夜としてはもう少し冒険心のある(気がする)23時を回る頃だった。ふと、炭酸飲料が飲みたくなったのである。飲みたいと思うとどうしても飲みたくなった。飲みたくて飲みたくてたまらない。日頃から炭酸飲料を頻繁に飲んでいるわけでもないので、常習性があったり禁断症状なわけでもないと思うが、どうにも飲みたい。既に寝るためのTシャツ短パンにも着替え、さあ、布団に入ろうかというときであった。
「明日にしたら」
早くも布団に入っている同居人の金森が言い、あくびをした。私はその真っ当なご意見を、そりゃそうだなぁと思い、うーんと悩んでみるが、寝室を出ることにする。
「だめだ、やっぱり今飲みたい」
「俺が行こうか」
「ううん、私がいく。大丈夫、ありがとう」
私がそう言うと、金森は少し考える素振りを見せてからすぐ、分かったと言った。
斯くして、私は外に出た。
6月の夜は肌寒いよりも寒かった。少し顔を空に向けると、鼻からふぁん、と夜の匂いが入る。腐葉土のような湿り気と、夜の生き物たちの匂い、日中に漂っていた何かを丁寧に解すように、ころころといろんな匂いが舞う。私はそれらを一度に大きく吸い込む。空気中の寒さも入り込み、ツン、と鼻の奥が痛んだ。
私はゆっくりと歩きだした。
自動販売機は歩いて200mもしないところにある。スポーツ用品点の店先にあり、店自体はもう閉店しているので付近に電灯はなく、自動販売機の光が煌々と放たれている。私は、光に引き寄せられる夏の虫の如く、ふらふらと夜を感じながらそちらに向かう。
炭酸は4種類もあった。
私は、そのいずれも買わなかった。
自動販売機に小銭を入れて、ボタンを押したのは温かいココアだった。
そして、私は今、別にココアが飲みたいのではないのだった。
帰りもふらふらと歩き、家を出てから5分ほどして戻った。キッチンに金森が立っていた。
「おかえり。俺も、ちょっと飲みたくなって」
そういって氷入りのグラスを用意してくれている。カラン、と少し溶けた氷が崩れた音を立てる。私は買ってきたものをそこに置いた。
「ココア」
「そう、ココア。なんか、炭酸のみたくなくなって」
私は(少し申し訳なく)ココアを冷蔵庫にしまう。金森はグラスに水を注いでくれた。2人して一息で飲み干した。
「じゃあ、寝ようか」
私が言う。金森は「明日、俺、コーラ買ってこよ」とぽつりと言って私の手を握った。
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