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0527_ハムかベーコンとエッグ

 たっぷりと出した白い絵の具に、ポチっと点ほどの黒を混ぜた、薄い薄い灰色の曇り空だった。昨日や一昨日に比べると肌寒い夕方であり、何となく、そう言う季節であることを感じさせた。
 横山がまだ来ない。
 18時に改札を出て駅舎を抜けた先のコンビニにて待ち合わせをしていた。既に15分待っている。幸いにもこのコンビニにはイートインがあって、私はそこでお気に入りのコンビニスイーツとアイスラテを飲んで待っている。ホットラテの方が良かったかと思いながら。
 横山とは大学時代に知り合い、そのまま社会人になっても付き合いが続き、かれこれ20年の付き合いとなる。一人暮らしの家が近く、好きな文学作家が同じであったことや深夜上映の映画館に行くことを楽しみにしている点など、共通点が多く、一緒にいてとても楽しかったのだ。食の好みも似ていて、洋食よりは和食派だと豪語する割に、朝食は大体決まってハムエッグご飯だったりする。ああ、でもそう言えば、ハムエッグが好きなのかベーコンエッグが好きなのかでは好みが違っていたりしたな。私はハム、彼はベーコンだった。いずれにしても似たような好みの人間だった。
 だから、横山が結婚したときには驚いたものである。
 私の好みの女性とはまったく違う女性が彼の伴侶となった。もちろんそれが悪いだのなんだのと言うつもりはまったくないし悪いわけはない。一度だけ、横山夫妻の自宅に泊まったことがある。その時の夕飯は洋食で、翌日の朝食はピザトーストを出してくれた。ありがたいことこの上なく、感謝しているが、一方で少しだけ寂しさを覚えたことは事実である。ハムエッグ、もとい、彼の場合はベーコンエッグご飯であるが、それではない朝食にも彼はとても幸せそうにしていたのである。
 私の横山は果たしてどこにいったのだろうか。
 不意にそんな風に思うことが今でもあるのだった。
 なんとも勝手で自己中心的な考え方であることは断じて否めない。けれど、私のこれまでの人生でもっとも青春めいた楽しい時と言うのは彼と一緒に過ごした数年間なのだ。大切でないわけがない。
 だから、彼が亡くなってからも私はこうして時々、彼と待ち合わせをしては一緒に過ごしたあの日のように、18時に待ち合わせをし、夕飯に和食を食べ、カフェで小説を語らい、どこかで一杯ひっかけながら、深夜映画を見に行くのである。

 ところで、私の横山はまだ来ない。

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18時からの純文学
★毎日18時に1000文字程度(2分程度で読了)の掌編純文学(もどき)をアップします。
★著者:あにぃ


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