0706_蜂蜜と雷雨
雷が鳴いていた。遠く遠くと思っていたけれど、思ったより近いのかもしれない。何度か鳴るたび、近づいている。
私は窓の外から空を見ていた。蒸し暑い日で、ただそこにいるだけでじわり汗をかく。そして、なぜこんなところにいるのだろうかと思ったり、あれもしなきゃと何かを思い出したり、いつからこんな風だったかなぁと思い返したり、ろくでとないことを考える、そんな日中だった。
だから、日も沈んだこの時間にはクーラーを効かせた涼しい部屋で、ミルクティーを入れて、続きが気になっていた小説を読んでいる。
そして、うたたねしていた。
外は雷と雨がある。雷はまだ近くで鳴いていた。雨は大きな粒で力強く地面を叩く。私はその雨粒や音に遅れて見える光、3センチほど開けた窓から匂う空気などを感じている。ぷん、と鼻をつく匂いがして眉間に皺を寄せた。なんの匂いか。
私の口元によだれがある。
ほんの少し、口の端にぷくりとよだれが付いている。指で触れて分かった。指についたそれを鼻先で匂うと、ぷんと匂ったそれだった。やだなと思ってその指を窓の外、雨にあてる。指先に雨粒がつき、今度はそれを口の端につけ、よだれを洗う。
ふぅ、と妙な仕事を終えた感覚に浸りつつ、窓を閉める。
また、ぷんと匂う。今度は少し甘ったるいのだった。 あ、と気づいたのは手元の『蜂蜜マドレーヌ』だった。
蜂蜜は、なんだか唾液の匂いに似ている。と、ふと昔に思ったことを思い出した。その昔もまた、雨と雷がひどく、買い物に出た母を1人家で待っていて不安に思っていたことも、思い出す。
蜂蜜のマドレーヌは、母が得意なお菓子であり、私も小さな頃から好きなお菓子。だから、その香りとよだれとがリンクするのが自分でも嫌ではある。でもそう思ってしまうのだった。
母が先日亡くなって、私は初めて母のマドレーヌを作ってみた。母のそれほどコクがない。けれどふわりとして、悪くはない。
私はまた、蜂蜜マドレーヌを口にしては、よだれとあわせて飲み込んだ。
雷が、どこかで落ちている。
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