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0502_暑い春

「ああ、なるほど」

 女が言った。
 なるほどと言っているのに、言葉に反してどうにも納得などしていないようだ。目を凝らせば、下唇を噛んだりもしている。悔しいのだろうか。

「すまん、別れてくれ」

 そう言って頭を下げたのも、これもまた女だった。なるほどと言った女とは別。両の手のひらをパチンと鳴らして合掌をしている。その隣には小ぶりの女がぽつんと立っている。左手の指で、頭を下げた女のシャツの裾を摘んでいた。

 二股交際、だろうかな。

 私は妙にソワソワとしながら少し距離のあるベンチに座っては何となしに眺めていた。当人たちは私に目もくれないでいる。それでいい。

「私が一番可愛いと言っていたのは嘘だったのね」

 悔しそうな女が言う。

「いや、嘘ではないんだ。でも、うん、ごめん」

 それを嘘というのだと私は頭の中で突っ込んでみる。
 小ぶりの女はどうやらこれらに飽きたようで、セミロングの柔らかそうなパーマを人差し指でくるくると巻いて、少し遠くを見ていた。多分、向こうに飛ぶコウモリだろう。

「信じてたのに」
「ごめん、夏子」
「私、ずっと好きなままなのに」
「うん、うん。私も嫌いになったわけではないないんだよ」

 今にも仲直りしてキスの1つでもしそうな勢いで会話が続く。小ぶりな女はそれでもやっぱり気になる様子はない。ただ、『この場』が暇だなぁとでも思っているようだ。上を見たり、横を見渡したり、時々、私と目があったり、色んなものを見る目だった。確かに、うん、可愛らしいものだ。

「今までありがとう、夏子」
「私も、本当に、ずっと愛してたの」

 とんだ茶番だなと思いつつも目が離せないのは、その小ぶりな女のせいだろうか。ついに、ニコリと微笑みかけられてしまった。

 夏子なる女が背を向けて、それと付き合っていたらしい女がこちらを向いた。すると、それを待っていた小ぶりな女は、その女に顔を向け、蕩けるような甘く柔らかな笑顔を見せる。

 なんだそれ、私に向けた笑顔の比ではないではないか。悔しくも何ともないがもどかしくなった。

「ごめんね、春ちゃん」

 夏子を振った女が春と言う小ぶりな女に言う。小ぶりな女はかぶりをふった。

「あなたが私を見ているんだから、他はどうだって良いわ。お腹がすいたの、なにか食べましょう」

 彼女は私に微笑みかけ、かの女と連れ立って去っていった。

 彼女には揺るぎない『自分』があるのだろうか。私はそれに強く焦がれている自分に気づいた。

 ざぁっと暑い風が吹き、春が去ったのだと知った。

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