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0812_バトラコトキシンを私に

 寝室の窓際に、好きなカエルのぬいぐるみを置いている。

 小さなころからずっと持っていた・・・・・・わけではない。このぬいぐるみを持ち始めたのは社会人になってからである。それも30歳を過ぎてからだ。何となくかわいいと思い、実際に持ってみるともう大好きになった。イイ歳をした大人がぬいぐるみを抱き締めるのだから、私はきっとイイ大人である。


「俺たちももうイイ大人だからさ、な、わかるだろう?」

 職場の納涼会のあと、同じ方向で帰路を向かう同僚が、急に具合が悪いと言うので部屋にあげた。仕方がないので私のベッドに寝かせていたのだが、夜中にソファーで眠る私に手を伸ばしてきたのだった。広くもない部屋では、ベッドから起き上がって手を伸ばせばソファーに届く。

「イイ大人だからって、なに」
「言わなくても分かるでしょ。ノリだよ、ノリ」

 腕を伸ばすだけでなく、ぼんやりと暗い照明の中でのそりと彼が動いた。私は恐怖を感じて手元の照明スイッチを押して明かりをつけた。嫌な感じで彼の表情を見る。結構な恐怖であったのだが、おかしなことに頭のなかで『スマート家電にしなくてよかった。ここで「アレクサ電気つけて」とかなんか言えないよな』なんて思っていた。

「イイ大人はただの同僚にこんな風ににじりよって来ない」
「俺、ずっと好きだったんだよ、崎元のことが!」

 夜中に声を荒げてくれるなと思うが、変に刺激はしたくない。私は少しずつ体を引いている。「好きってなんだよ」思わずぽつりと声が漏れてしまった。

「崎元のこと、俺、好きなんだよ。だから、ダメかな」

 彼が真剣に真剣な表情をして見せるからうっかり笑ってしまいそうになったのだが、彼の体のその奥に視線をやるとうっかり笑いも引っ込んだ。

 私のカエルがベッドの上にうつ伏せになって倒されていた。彼が体を起こした時にその腕が当たりでもしたのだろう。うつ伏せで、どこか苦しそうでもある。私は一気に彼に嫌悪を抱く。

「帰ってくれる?私のことが好きだといいながら襲うような真似をする人を受け入れられるわけがない」

 私が明確に説明をしてしまってので、彼も酔いが多少は覚めたのだろう、ハッとしているようだ。私は続けた。

「それと、そのベッドに落ちたカエルのぬいぐるみは私の大切なものなの。ぞんざいに扱う人とは余計に仲良くはなれない」

 私は伝えることだけ伝えると、彼はカエルのぬいぐるみを見て、窓際に戻してくれた。そして、「本当にごめん」と謝った。私は分かったと言って、玄関に彼を案内する。彼はテキパキと荷物を持った。

「忘れるようにするけど、しばらく話しかけないでください」
「・・・・・・本当に申し訳なかった」

 ごちゃごちゃとなにか言っていたが、私は聞かなかった。

「カエル好きなんだね。これはなんというカエル?」

 この状況でよく聞くなぁと思いつつも、私は嬉々として答えた。

「モウドクフキヤガエル。地球上で最強の猛毒を持つカエル」

 彼は少々ひきつった顔を見せながら帰っていった。
 ぬいぐるみでも毒汁が飛ばせればいいのに。
 そんなことを思う私はイイ大人。少しだけ、手が震えている。

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