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0106_あたたかくしてね

 街中で、私の知らない人たちが私の知らない熱量で歩いている。大概私が追い抜かされるのだけれど、時々は私が追い抜いたりして、ぶつかるでもなくすれ違うだけ。服の布地と布地が「チッ」と触れたりはするかもしれない。でも、それだけだ。誰もが皆、自分の範囲の中で忙しく時間を進めている。
 ふと、私の視線10mほど先に親子がある。お父さんだろう恰幅のよい男性と4,5歳くらいの男の子と同じ年頃の女の子。よく似た顔だった。
「ママがいい」
 男の子が言い、女の子が彼の頭を撫でた。男性はスマホをいじっている。『ママ』と連絡を取っているのかもしれない。しばらく男の子がぐずっており、女の子も最初こそ頭を撫でてやったりギュウと彼を抱き締めてみたりと対応していたが疲れてしまったのかその手を止めてしまった。それに対して男の子は不満に思ったのか、一層強く泣き出した。そしてお父さんらしき男性が怒った。
「うるせぇな!黙ってろ!」
 声を荒げ男の子に怒鳴って見せた。彼らの周りには入れ替わり立ち替わりで色々な人たちが通りすぎていたのだが、それらの人々の足を止めた。そして次の間、女の子が大きな声を挙げて泣き出した。それにつられるようにして隣の既に泣いていた男の子はさらに大きな声を挙げて泣き声を轟かせる。
 で、男性の手が上がる。
 予感していたのか、図らずも足止めを食らっていただろうすぐ隣にいる若い女性がその手を掴む。
「叩けば逆効果だし、それは笑えないですよ」
 なんとも思っていないような表情をした彼女はそう言って、男性の振り上げた手の勢いを殺して下ろさせた。そのまま子供たちの前に立ち、自らの鞄に手を入れた。
「アレルギーあります?お菓子をあげても?」
「・・・・・・ないです」
 そう言って頷く男性を横目に、鞄からお菓子を取り出した。いちごとチョコの小さな三角形のあのチョコと、細い筒に入ったカラフルな丸いチョコ。
「さ、どっちが好きかな」
 ニヤリと笑って、彼女は子供たちの前にそれらを見せた。子供たちはキラキラと輝かしい目を見せて手を伸ばした。
「ありがとう!お姉さん」
 それぞれがもらったお菓子を手に持ちぺこりと頭を下げて見せた。女性は優しく微笑み口を開いた。
「人と人とは鏡だから、笑っていようね。笑っていたら、前にいる人も笑うよ」
 彼女はもう一度優しく微笑み、それに合わせて男の子が笑い、女の子もまた笑う。そして、男性に顔を向けた。
「・・・・・・ごめんな」
 男性は眉を下げて笑って見せた。女性には小さく頭を下げる。パパが笑ったと子供たちが顔を見合わせて微笑んだ。私も、つられて頬が緩んでいることに気づく。そして見渡せば、足を止めていた知らない人々も柔らかく笑っていた。
 見知らぬ人たちが見知らぬ人を見て温かに微笑む。
 どうか、見知らぬあなたも温かくして。目の前に私がいることを想像して、どうか笑って。

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★著者:あにぃ

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