0501_晴れた曇り空
どんよりとした曇り空だった。今にも雨が降りそうな湿っぽい空気とその色に、亀岡もどんよりした。
ホームで電車を待つ間に空を見ながら考えている。ポケットの中から好物の黒飴を取り出し、口に放り込んで、もごもごと時々歯に当てながら舐め、考えている。
私はこれで正しかったのだろうか。
亀岡はアパートに妻と子の3人で暮らしている。世間一般の四十半ばの収入には相当するとは思えないが、妻のパート収入も手伝い、何とか暮らしていけている。時々、コンビニでアイスを買ったり、こうして黒飴をポケットの中に切らすことなく買える程度には快適だ。幸いにも娘は今のところ反抗期もなく素直に優しく育ち、妻に似たのか勉強もできるようでこの春に第一志望の国立大学に進学した。
妻もまたとても優しく、けれど面白くもあり、結婚してまもなく20年になるが今も変わらず一緒にいて楽しい。
毎日、ふとした時に、幸福とはこういうものかと感じ、一人で妙に照れては口元が緩むのだった。
自分にとって、出来すぎた環境だと、亀岡は思っている。
子供の頃から自分には自信がなく、何をするにも他人の顔色や気持ちを勝手に伺ってはそれを優先してきた。おかげで自分には期待しないことが常態化している。
その亀岡の唯一の自分のわがままが黒飴だった。それを切らさず持つことが、自分の中の安定であった。
これが、お高いフルーツやら高級ステーキだったらまた違う自分であったのだろうな。亀岡は時々、こんなふうに無意味な妄想をする。
自分には黒飴がいい。
最高の妻子と、黒飴があればそれで足る。
亀岡はまた、頬も口元も緩ませて笑った。
曇り空のその奥に、晴れ間が見えた。
それは正しい晴れ間であった。
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