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0603_自転車を拭く

 ついさっきまで降っていた雨に、私の自転車は濡れていた。後部の子供用座席に入れていたタオルを取り出して車体を拭く。子供用座席にはいつだってレインカバーを掛けている。これで、私はいつ雨が降ったとしても子供だけはちゃんと守れるのだと安心していたりする。

 今日は夫が子供を保育園まで迎えに行ってくれたので、私は仕事帰りに駅前のカフェで少し休憩してから帰宅するところだった。カフェの滞在時間は20分くらい。その間、私は何も生産的なことをしなかった。だから、20分と言う長くも短くもない中途半端な時間で帰宅することにした。何もしたくないと思って、アイスコーヒーを飲みながらボーっとネットニュースを見ているだけだった。読んだ記事にも、へー、とも、なるほど、とも思うことなくただ文字を頭の中で読み続けるだけ。そろそろ夕飯の支度をしなくてはならないと思い、何もしていない罪悪感に気づいたタイミングで店を出たのである。
 それが私の今の20分である。
 無駄な20分であった。
 それなのに、私は自転車の車体を拭きながら、ふんふんと鼻歌を歌っていた。そして、夕飯の段取りを考えながら、時折、子供の可愛い顔や面白いエピソードを思い出しては、1人小さく笑ったりした。子供のこと以外にも、そう言えばそろそろ好きな作家の新刊が出るんだったなぁ、とか、今度の土日にはあのスイーツを食べよう、だとか色んな事柄がふわふわと頭に浮かぶのだった。

 不思議なことに、そのどれも辛くも悲しくもない、どちらかといえば楽しいことばかりである。

 家の駐輪場に着く。私は心のなかで「ただいまー♪」と陽気に言ったりした。意識した訳では無い。

 ご飯はこれから作るし、洗濯物はまだ乾燥が終わらないから終わり次第たたむ必要がある。なんとかそれを終えてもまだまだ絶賛イヤイヤ期を謳歌している子供を寝かしつけなくてはならない。そうして今日も私はきっと寝落ちをすることだろう。そうして今日も私は何もなし得ないのだろう。

 不思議なことに、そんなことは分かっているのに、私はふふふん♪と軽く鼻歌を歌っている。

 無駄な時間であっても必要な無駄なのだなぁと思って、私はまだ少し濡れていた自転車を拭く。後部座席の子供のレインカバーはまた濡れているけど、その中が濡れていないことに安心し、私は濡れたタオルを持って自宅に帰る。

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