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0721_夏の仕事

 夏が近い匂いがした。
 夏ではない、いや、もう夏かもしれない。梅雨は明けただろうか。私の額の際に熱い汗が滲み、やがて垂れれば前髪を濡らす。そんな風にして、私は今、暑い。

「もっと爽やかに過ごしたいものだね」
「そうだねぇ、端から見れば暑い夏に労働で汗をかく私たちはとても爽やかに見えるのではないだろうか」

 そう言って、角田と私はソレを運んでいる。
 ソレはひとつの完全な死体であった。私と角田は同業で、その仕事は『何でも屋』であり、それ以上でも以下でもない。今日のような依頼はまれにあることであり、私たちは驚かない。一方で喜ぶことももちろんなく、ただ、粛々とコトを進める。

「儚い命だな」

 ぽつりと角田が言う。私は、自分の手にいる完全な死体に目を落とす。コレは果たして何かを叶えて亡くなったのだろうか。やりたいことや、やらなくてはならないこと、そういう自分の役目のようなものを分かって生きていたのだろうか。そして死んだのだろうか。

「儚いのは誰でも一緒だよ」

 私が言うと、角田は少しつまらなそうな顔をして「そうさね」と言った。角田の額にも隙間ないほどの汗があった。顔はほんのりと鈍く赤い。

 手に、何か黄色のような茶色い液体がついていることにふと気づいた。手袋がずれてしまったようで手首に飛んだらしい。

 どこから?
 なにから?

 背中に垂れる汗が急に冷たく感じる。
 私はゆっくり運んでいるソレを見た。一瞬間、目の前を小さな影が飛ぶ。「ひっ」思わず驚き、その手を話すと、ソレらはザザザっと地面に落ちた。

「あーあ、何してんの」

 角田が呆れ顔で私に言う。私は驚きの方が強く、未だ心拍が急いでいる。そして、影が飛ぶと同時に、再び私の手には黄色、いや薄い茶色の汁が飛んでいた。

「そりゃなかには生きているやつもいるよ」
「でも、急にこられると」

 地面に落ちたそれらを再び広い集めて持ち上げる。

「昔から言うでしょう、セミ爆弾って」

 角田はやれやれといいながら新たなセミの死骸たちを集めてふたたび運ぶ。

「それにしても、自然が多いと大変だね。わずか7日の命がこんなにも大量に」

 私と角田は『何でも屋』で頼まれればどんなことでも引き受ける。大量の『シタイ』の処理もよくあることだ。

 それ以上でも以下でもない。
 太陽がじりじりと私たちを照らしている。 

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