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0309_私のあの人

 あなたが物悲しいと思った時に、思い出される存在でありたい。私は強く念じていたけれど、それはもちろん私のあの人に伝わるはずもなく、またねと一蹴されて今日が終わった。けれど久々に連絡が来て会った彼は、変わらずに微笑んでいてくれたから私は嬉しかったのである。

 今日は風が強く、花粉も随分と舞い散っているはずだ。私のあの人は会っている間、何度もくしゃみをしては手の甲で鼻をぐしぐしと掻いて見せた。その姿は彼の子供時代を想起させた。彼のその睫毛の長さや目尻の小さなホクロ、笑うと少しだけへこむえくぼと、薄く笑う口角は全く変わっておらず、手荒く鼻を掻く様と合わせてみればもうあの頃ままだ。私はとても感慨深く、このまま昔のようにずっと一緒にいられればと願っていた。

 私とあの人は幼馴染みで、かれこれ40年近く、一緒に過ごしている。だからことさらに今何を言うでもないのだが、こんな風に、冬から春になる間の季節やなんかにはどこか物悲しく思い、できるだけ彼と一緒にいたいと思うことが増える。あの人の一挙手一投足を、可能な限り私の中に覚えておきたいのだ。
 それは、もうお互いに『いい年』になってきたからだろうか。ここ数年、著名人の訃報を聞く度、昔からよく聞く名前がそれに増えてきたから、無意識に死を意識してしまうのかもしれない。残る人生に時間を大事にしたいと願うようになったのだろう。だから、ふとしたときに私の中には頻繁にあの人が浮かぶ。それは愛でも恋でもない。愛でも恋でもないけれど、なにかあると無性に会いたくなって、堪らなく抱き締めたくなるような、愛や恋に似ている別のもの。私があの人に思う、大切なもの。私にも、妻子や親族、他にも大切なものはあるけれど、それらとは違う『あの人がいれば』と思える特別な感情。なんと言えば正解なのか分からない。正解でなくてもいいが、言い表せないでる。
 
 帰路に着く頃、私のスマホに通知があった。

「最近、ふとしたときにお前と会いたいと思うことが増えていたから今日は会えてよかった。またね」

 風はまだ冷たく、明日に春が来るとは思えない。どうか今日の夜もまた、私はあなたを、あなたは私を思ってくれるといい。

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