3点固定(脳腫瘍 18)
リハビリが始まった日は手術から1週間目に当たり、抜糸することになっていた。
午後になってもなかなか先生が来ないので、今日は抜糸がないのかと思っていたら、夕方、ラジオでFMを聴いているところへY先生が現れた。
「今日はもうないのかと思ってました」
そう言うと、先生はぼそぼそと何か言ったが、私はよく聞こえなかった。
抜糸は麻酔薬を塗ったらしく手術の傷口は痛くなかったが、糸を抜いたところから血が垂れてきた。
自分では見えないが、タラ〜ッと血が流れ落ちる感触があった。
ドレインを抜いて縫ったところは、縫ってから日が浅いせいだろう、糸を抜くのも痛かったし消毒液もしみた。
シャワーの許可が出たので、翌日はシャワーを浴びた。
10日ぶりのお風呂だったので、シャワーだけなのに疲れてしまった。
ちょうどシャワーの前にYさんがお見舞いに来てくれて、私がシャワーを浴びている間待っていてくれたが、疲れたのでベッドに横になって話した。
夕方Yさんが帰った後、今度はPちゃんがやって来た。長男の卒業式なので仕事を休んだからということで、わざわざ遠くまで来てくれたのだった。
友人たちには入院する前にお見舞いを断っておいたが、病院宛に手紙やカードが頻繁に届けられた。
きれいな花のカードを送ってくれたあつこさん、何度も手紙を書いてくれた明美さんやらんさん、恭子さん、手製の消しハンを押した絵ハガキを送ってくれたミムラさん。
みんなの心遣いがとても嬉しかった。
私もレターセットを持ってきたので、体調のいいときに返事を書いて出した。
首の腫瘍を取ったので、いくら書いても腕も肩も痛くならない。
抜糸の翌々日はシャンプーの許可も出た。
朝食後、Y先生が来て、傷口のガーゼを全部取ってくれた。
手術の後は畳んだバスタオルを枕代わりにして、その上にタオルを敷いて寝ていたが、イソジンの粉が大量にこすれ落ちてタオルにこびりついていた。
寝ると後頭部の枕に当たるところが痛かったが、イソジンでがちがちに固まった髪のせいだと思っていた。
夕方シャワーを浴びて頭を洗い、乾いて固まったイソジンをすっかり洗い流した。
がちがちに固まった髪の毛はほぐれて柔らかくなったが、寝るとまだ後頭部が痛かった。
何か傷ができているような痛さだ。
手術で切ったところはもっと右寄りの下の方なのに、この痛さはなんだろう?
夕食後、椅子に座っているところへY先生がふらりとやって来て、
「どう、さっぱりした?」
と、背後から声をかけてきた。すぐにシャンプーのことだとわかった。
ちょうどいい。先生に聞いてみよう。
「寝ると頭のこの辺が痛いんですけど。ここには傷がないはずなのに、どうしてかしら?」
「どれ?」
先生は髪の毛をかき分けて私の頭を見ると、
「何もないよ」
と言う。
「変だなぁ。イソジンで髪の毛が固まっているから当たって痛いんだと思っていたの。でも、髪を洗って、もう固まっていないのに、まだ痛いんですよ」
そう訴えると、Y先生はもう1度、私の頭をあちこち探った。
「ああ、ここに傷がある」
「え、やっぱり? 何でそんなところに傷があるの?」
「3点固定のだ」
開頭手術のとき、患者の頭が動かないように頭を固定するそうだが、3カ所にとがった鈎(カギ)のついた金輪のようなものをはめるらしい。
そう言えば、手術の後、おでこの両側に瘤ができていて痛かった。
右側は瘤も大きく、瘤の真ん中に傷があって血が固まっていた。
なんでそんなことになっているのかわからなかったが、あれも3点固定の傷だったのか。
あとで看護師さんに、3点固定の器具はどんなのかとたずねたら、「知らない方がいい」と言われてしまった。恐ろしい。
頭の後ろにできた傷は、その後何カ月も痛かった。