見出し画像

水は出ますか?

 台風10号の影響か、おとといの夜から雨が降り続いて、昨日の朝もまだ降っていた。
 私はいつも通り仕事をしていたが、お昼近くなって珍しく電話が鳴った。
 上の階のMさんからだった。

「お宅、水出る?」
「出るわよ」
「うちは水が出ないの」
「うちは出るけど……」
 そう言いながら、iPhoneを持ったままキッチンに行き、水を出してみた。
「ちゃんと出る。うちは水道管の本管から直接だから出るけど、お宅はポンプを使っているから、またポンプが壊れたんじゃないの?」

 以前も同じことがあった。
 越してきた翌年だったか、上の階は水道のポンプが壊れて水が出なくなったから、水をあげてくれませんかと大家さんから電話が掛かってきて、Mさんに水をあげた。
 大家さんの話では、このマンションでは1階と2階は本管から直接水が来るが、3階はポンプを使って吸い上げているということだった。

 当然Mさんはそのことを知っていると思ったら、ポンプで水を上げているのは知らなかったそうだ。
 トイレの水が困ると言うので、
「あのときみたいにバケツを持ってくれば? 私は仕事中だけど、出掛ける前に取りに来てよ」
 と言って電話を切った。
 
 15分ほどしてまた電話が鳴った。
 今度は大家さんからだった。
「そちらは水は出ますか?」
「出ますよ。うちは本管から直接だから。Mさんちはポンプを使っているから、ポンプが壊れたんでしょう」
「えっ、そうなんですか?」
「そうですよ。2階は直接だけど、3階はポンプで水を上げてるって。私、大家さんから聞いたのよ」
 話しながら笑ってしまった。
「忘れてるなぁ……」 
 そうぼやきながら、大家さんはポンプの方は見てもらうと言って電話を切った。

 4、50分して、Mさんがやって来た。
「水が出るようになったの」
「良かったじゃない」
「お風呂にもいっぱい溜めて、ペットボトルにも3本取っておいたの。大家さんには水が出なくなったって言ったけど、ポンプは一応見てもらった方がいいと思って」
「さっきうちにも電話があったのよ。ポンプは見てもらうって言ってた。大家さんたら、ポンプを使って水を吸い上げていることを知らなかったなんて言うのよ」
「私も全然知らなかった」
「いやーね。当事者も大家さんも知らなくて、関係ない私だけが知っているなんて」
 おかしくてまた笑ってしまった。

 話変わって。
 最初にMさんが電話してきたとき、話しながら、ベランダの洗濯ロープに掛けてある日除けの布が、留めておいた洗濯バサミが外れて片側がハラリと垂れ下がるのが見えた。
 電話を切ってからベランダに出て、落ちていた洗濯バサミをもう一度留めて、下に垂れ下がってる部分を全部、半分に折り返して上に掛けた。
 雨が降る前に取り込むのを忘れたので、裾の方は夜の間雨に濡れてびっしょりになっていた。
 晴れてきてからまた降ろせば乾くし、まだ当分日除けが必要かもしれないから取り込まずにおいた。

 ふと、何か音がするので顔を上げると、斜向かいのご主人が2階の窓を開けてこっちに手を振っていた。
「休みだけど、来る?」
「仕事中だから」
 聞こえなかったようなので、口をはっきり開けて、大きな声で
「しごと」
 と言った。

 斜向かいのご主人とはあれから何度かメッセージのやり取りをしている。
 土曜日の朝もゴミ出しに行って家の前を通ったら、帰ってきてからメッセージが届いた。

「今、家の、前を通ったね!
おはよう!
タイミングが、ズレた!
良い一日を!」

 少しやり取りして、私が日曜日に植物の写真を見せに行くことになった。
 ベランダで育てた鉢植えの写真や、郊外の実家の庭に咲いていたムラサキカタバミの写真を見せるつもりでいる。

 この前奥さんに見せたら、ムラサキカタバミを気に入って、そんなふうに放っておいても増える花がいいと言うので、マンションの門のところに植えてあるから、良さそうなのを持っていってと言っておいた。
 ご主人には、毎年フリージアの球根がたくさん採れるからあげると言ったら、増えるのはいらいないと言われた。

 その気持ちはわかる。
 私も30年ほど前に買ったフリージャのたった1個の球根が毎年何倍にも増えてしまい、捨てられなくて持て余している。
 今まで何十人にあげたことやら。
 去年20個植えた球根が、花が終わって5月に掘り上げたら大小合わせて45個もできていた。
 園芸が趣味の人なら欲しがると思ったのに、当てが外れてしまった。

 斜向かいのご主人とは、夜顔と朝顔の苗をもらったり、咲いた花の写真を見せたりしているうちに、友達付き合いに近い近所付き合いになった。
 電話番号を交換してメッセージを送れるようになって、ご主人がマメにメッセージをくれるからだ。
 奥さんとは前から話をしているが、会えば話すけれど、わざわざ話しに行くことはなかったのが、最近は散歩のついでに奥さんと話しに寄ったりするようになった。

 同じマンションの人たちも、上の階のMさんと下の階のCさんとは電話番号を交換しているから、何かあったら電話できる。
 Cさんのことは今まで書かなかったが、会って挨拶するだけじゃなく、もう少し立ち入った話もする仲だ。
 私より2つ年上なので、同年輩ならではの諸々の話ができる。
 
 2〜3ヶ月前にCさんとマンションの入り口で話していたら、Mさんが階段を降りてきたので3人で少し立ち話した。
 後日、MさんがCさんの名前も知らず、今まで話したこともないと言うので驚いた。
 2人とも私よりずっと前からここに住んでいるのに。

 私はCさんのお宅には引っ越してきた日に挨拶に行った。
 あいにく奥さんはお留守でお嬢さんしかいなかったが、夏に奥さんと初めて顔を合わせたので、改めて挨拶した。
 電話番号を交換したのはそれからだいぶ経ってからだったが、そのときにメールアドレスも交換した。

 Mさんと初めて顔を合わせたのは、水道のポンプが壊れてMさんが水をもらいにきたときだった。
 引っ越してきたときは、留守がちな上の階の人たちには挨拶に行かなかったから。
 Mさんは昼過ぎに出ていって夜中に帰ってくるのでずっと会う機会がなかったが、水をあげてから話をするようになった。
 物をもらったりあげたりのお付き合いが始まり、電話番号も交換した。
 私から誘って近くのケーキ屋にお茶しに行ったこともある。

 同じマンションに住んでいても、普通はMさんやCさんと年に数回しか会わない。
 わざわざお喋りしに行ったりしないから、たまたまタイミングが一致しなければ会うことはない。
 滅多に会わなくても、用があれば電話できるから問題ない。

 斜向かいの奥さんには越してきてすぐに声を掛けて挨拶した。
 奥さんが仕事から帰ってきて、玄関の鍵を開けようとしたときに後ろから声を掛けたので怪訝な顔をされたが、引っ越してきたことを伝えた。
 その後は年に数回顔を合わせる程度だった。
 最近よく話すのは、コロナ以降私が在宅ワークになって時間に余裕ができたのと、斜向かいの奥さんが定年退職して家にいる時間が増えたからだ。

 近所で気軽に話ができる相手がいるのはいい。
 何かあったときにも心強い。
 これからも近所付き合いを大事にしていこう。
 

※夕方、仕事が終わったときには雨は上がっていたので、散歩がてらローソンへ花を買いに行った。ヘッダーの写真は通りかかった家の玄関先に置いてあった鉢植えの花。プルメリアらしいので、立ち止まって香りを嗅いでみたがよくわからなかった。
 
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?