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偏食

 子供の頃は食べ物の好き嫌いが多かった。
 母は私に人参を食べさせようとして、人参を斜め輪切りにして甘く煮たのを、鍋ごと持って私に迫ってきた。
「甘くておいしいのよ。お菓子みたいよ」
 私はイヤイヤをして逃げる。

 ときには叔母を加勢に呼んで、
「叔母ちゃんにあげちゃうわよ。ほら」
 と言って、叔母にその甘い人参を箸で挟んで差し出す。
 叔母は口を開けて人参を口の中に入れてもらい、
「ああ、おいしい」
 と言う。
 私は甘く煮た人参なんか食べたくない。少しもうらやましくなんかなかった。

 何年か経って、千六本に切った人参の天ぷらは食べられるようになった。
 人参の天ぷらはおいしい。
 きんぴらごぼうも食べることができた。
 切り方が細切りなのはいいのだが、厚みのある輪切りの人参は長いこと苦手だった。

 人参の他にも、長ねぎと、玉ねぎと、ほうれん草などの青菜の茎と、キャベツの芯と、白菜と、なすの中のワタの部分がダメだった。

 我が家では父が漬物嫌いで、ぬか漬けが食卓にのぼることはなかったので、漬物を食べるのは母方の祖母の家でだった。
 祖母の家ではぬか漬けのなすを縦半分に切って、皮だけむいて私が食べ、中のワタは祖母にあげていた。
 祖母はワタが柔らかくておいしいのにと言っていた。

 魚介類は貝とイカとタコと、魚の血合と皮が食べられなかった。
 小柱とホタテ貝柱だけは食べられるが、アサリもハマグリもカキもサザエも苦手。
 タコはたこ焼きに小さいのが入っている程度なら食べられるが、それ以外は無理。
 イカは高校を卒業してすぐ、学校の近くのスナックに仲間とお酒を飲みに行ったら、揚げたてのイカの天ぷらを出された。
 天つゆに大根おろしとショウガのすりおろしを入れて食べたらすごくおいしかった。
 それ以来イカが好きになり、今はどんな調理法でも食べる。

 メザシやワカサギのように頭から丸ごと全部食べる魚も苦手で、シシャモも食べたことがなかった。
 食わず嫌いを解消しようと、何年か前にシシャモを買って食べてみたが、おいしいと思わなかった。

 魚の皮と血合も苦手だった。
 子供のとき、焼いた塩鮭を皮を外して身だけ食べていたら、父が、
「お前たちは一番うまいところを残すんだな」
 と言って、私の外した鮭の皮をひょいと箸でつまんで自分の口に入れた。
「えっ、そんなのだけ食べるの?」と驚いた。

 大学を卒業後、祖母の故郷の城ヶ島の親戚の家に泊まりがけで遊びに行ったことがある。
 夕方、仕事から帰ってきたおばさん(母のいとこ)が、夕飯は何を食べたいかと聞くので、サバの味噌煮が食べたいと言ったら作ってくれた。
 夕飯になり、私は家でしているように、サバの皮と血合を残して白い身だけ食べた。
 その家の娘たちはケーキを食べるように、サバを端から箸で切り崩してきれいに食べていた。
 食べ終わった後のお皿を見て、私は恥ずかしくなった。

 サンマは皮も血合も食べられるようになったが、サバの塩焼きで血合と皮に挑戦した結果、やはり私には生臭く感じられた。

 肉類はみんな嫌いで、挽肉料理以外は食べられなかった。
 母によれば、保育園に行くようになってから好き嫌いが始まったということだった。
 それまでは肉でも何でも好き嫌いなく食べたそうだ。

 うちでは父が仕事で家に大工を住まわせていたので、母はその人たちの食事の世話をしなくてはならず、私を幼稚園ではなく保育園に入れていた。
 保育園は働く母親のために、子供は白いご飯を持っていって、お昼は園が作ったおかずを食べるというシステムだった。
 私が思うに、ちょうど味覚が完成される時期に、家庭の味と違うもの(多分、あまりおいしくない)を毎日食べることになったので、拒否反応が出たのではないかと思う。

 小学校に上がると給食が始まり、自分の嫌いなものが入っていると食べずによけて残すようになった。
 給食の時間の後は昼休みなので、食べ終わったら外へ遊びに出る子がほとんどだったが、私は全部食べられず、給食のお盆を前にして机に座っていることが多かった。
 5時間目のチャイムが鳴るとホッとして、お盆を給食室に戻しに行った。

 ある日、先生が、給食のカレーライスの玉ねぎを残してじっと座っている私のところに来て、
「一口でいいから食べてごらん」
 と言った。
 そして、近くの椅子を引き寄せて座り、私が食べるのを待っていた。
 私は嫌だったけれど、玉ねぎを一切れ口に入れた。
 あのときの玉ねぎの感触は忘れない。
 歯で噛んだときのあの食感がとても嫌だった。
 その後は噛みたくないので丸飲みにしていた。

 それがトラウマになって、長いこと玉ねぎが食べられなかった。
 ハンバーグやオムレツに入っているみじん切りの玉ねぎは平気なのに、酢豚などの大きく切った玉ねぎは、あのときの玉ねぎの食感を思い出してしまい、噛むことができなかった。
 それは今でも同じで、大きく切った玉ねぎは食べられない。

 肉はトンカツなどの豚の脂身が、やはり食感が苦手で食べられなかった。
 すき焼きは肉と長ねぎが嫌いなので、豆腐(焼き豆腐)と白滝しか食べなかった。
 鶏皮も苦手で、唐揚げは皮をはがして食べていた。
 鍋物の長ねぎと白菜は白菜の葉の緑色のところしか食べなかった。

 嫌いなものがあるのは世界が狭い。好きなものが多い人は世界が広い。
 おいしいものを食べるのは幸せだ。
 おいしいと思えるものが多いのは、幸せに感じることが多いということだ。
 好き嫌いのない人がうらやましかった。

 だから、嫌いなものを食べられるようになろうと努力した。
 その結果、人参も、玉ねぎも、ナスも、肉も、食べられるようになり、次第においしいと思うようになった。
 今では人参は大好きで、分厚い輪切りでも問題ない。
 玉ねぎの味も好きで、玉ねぎソースを作って食べるほどだ。
 ナスも好きで夏場は毎日でも食べたいが、気管支拡張症の食事制限に引っ掛かるので、たまにしか食べられない。

 白菜はひと冬かけて色々な調理法で食べてみたが、やっぱり好きではないことがわかった。
 味と匂いがどうも……。
 そう言うと、「白菜に匂いなんてある?」と聞かれるが、強い匂いじゃないが白菜の匂いはちゃんとある。

 長ねぎはあのヌルが好きじゃないが、細かく刻んで少しならOK。
 ジュディ・オングのパオシャン(爆香)は大好き。
 ほうれん草や小松菜など青菜の茎も全然問題ない。
 ちんげん菜は白い茎の部分が多いので食わず嫌いだったが、思い切って食べてみたらおいしかった。
 白菜の代わりに鍋物に入れたり、中華風のクリーム煮にして食べている。
 キャベツの芯も薄く刻んで炒めてしまえば食べられることがわかった。
 YouTubeでコウケンテツさんの「キャベツとひき肉のそぼろ炒め」を見て作ったら、芯の臭いなんてわからなかった。
 だんだん世界が広がってきて嬉しい。

 昔嫌いだったものがほとんど何でも食べられるようになったのは、親が無理強いしなかったお陰だと感謝している。
 父も母も子供に嫌いなものを無理強いして食べさせたりしなかったのは、自分たちも好き嫌いがあったからだろう。

 父は漬け物の匂いときゅうりの匂いが嫌いで、結婚してから食卓にきゅうりを出したら臭いと言って怒ったので、母は父の留守にだけきゅうりを食べたり、子供に食べさせていた。
 ぬかみそも臭いと言って怒るので、漬け物は実家に帰ったときしか食べられなかった。
 実家は歩いて数分のところにあったが、3度3度の食事に漬け物が出るのが当たり前の食生活を送ってきた母には、ぬか漬けを作ってもいけないし食べてもいけない食事は辛かっただろうと思う。

 母の嫌いなものは卵の白身とキャベツの芯で、目玉焼きを作って出してくれるときに、
「白身は嫌だったら残しなさい」
 なんて言ったこともある。
 私は白身も黄身と一緒に食べればおいしいと思っていたので、残したことはない。

 野菜炒めにしろ味噌汁にしろ、母の作ったものはキャベツの芯がきれいに取り除かれていた。
 ロールキャベツの芯は薄く削いで厚みがなかったので、柔らかく煮込めばおいしく食べられたが、キャベツの芯がついていたのはそれぐらい。

 私は芽キャベツというものを一度も食べたことがなかった。
 母に、うちでは芽キャベツが出たことがない、食べてみたい、と言ったら、
「そんなに言うなら買ってくるけど、あんな臭いもの。キャベツの芯のニオイがするんだから」
 と言われた。
 それでその話はなかったことになったが、そんなことを聞いたので、未だに芽キャベツは食べたことがない。
 本当にキャベツの芯の匂いがするのだろうか?
 料理ブログなどで見るたびに、食べてみたいと思うのだが……。

 食べ物の好き嫌いは生理的なもので、食感や匂いが苦手なのはどうしようもない。
 それを無理に食べさせるのは拷問のようなものだ。

 大人になってから、母に給食を全部食べるまで昼休みでも教室に残っていなくてはならなかったこと、先生に無理強いされて玉ねぎを食べてトラウマになったことを話したら、
「どうしてそのときにお母さんに言わなかったの?」
 と、憤慨した。
 学校にねじ込んで行くつもりだったらしい。

 この前Norikoさんと電話で話しているとき、そんなことを話したら、今は学校でそういうことをすると、虐待だと言って親が騒ぎ出すと言っていた。
 あの頃、私の母が学校にねじ込んでいったら、親が子供のわがままを助長していると思われたに違いない。
 年月を経て世の中も変わったとしみじみ思う。


 偏食とは関係ないが、野菜や果物の鮮度を保つため、「愛菜果」という袋に入れている。
 ヘッダーの写真が「愛菜果」で、サイズがLMSとあるが、私はMサイズが使い易い。

 そのまま入れると水滴が付くので、ペーパータオルに包んでこの袋に入れ、空気を抜いて袋の口を閉じておくと、みずみずしいまま長持ちする。
 使い終ったら乾かしてまた使えるが、あまり何度も使っていると効果がなくなる。
 この袋は私はスーパーで買っている。

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