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安良の小説

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これまでに書いた小説があります。ジャンルは、歴史・逆噴射小説・銀英伝二次創作などです。
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#パルプ

【飛び入り参加】リメンバー・サンタクロウス  #パルプアドベントカレンダー2020

 しんしんと降り積もる雪の静謐に包まれて、敵の侵攻は行われた。  その冬のクリスマス、偽のサンタクロース集団が大量発生したのだ。人々は老若男女を問わず、望み通りのプレゼントを手に入れた。食べ物であれ、衣服であれ、ゲームであれ。人々は新たな救世主の登場に歓喜した。それはあまりに見事な浸透戦術だった。  年が明けて新たなニュースが報じられた時、さすがに人々はフェイクだと思った。『以降クリスマスは月イチに拡張される』───その宣言通り、1月25日はクリスマスになった。地球人類は熱

IKESU

「潮見ちゃん、こっちこっち」  マスク姿の検死官が、ブルーシートの合間から手を振っている。  ホトケは濡れたタブレットに突っ伏していた。最近、ネットの最中に死ぬ者が増えている。拙僧は合掌して現場検証に加わり、アスファルト上の被害者をあらためた。 「これ見て、潮見ちゃん」  検死官がホトケの下半身を指差した。 「脚のうっ血がひどいし長時間座ってたんだろうね。あと存命中に失禁」 「またか」  拙僧は死体の隣でZAZENを組んだ。 「ハラギャティボジソワカ」  念仏を唱えながら

フジミ・イン・フシミ

 1868年1月26日、土方歳三率いる新選組は伏見奉行所脇に布陣した。  翌日、徳川本隊八千が大坂より鳥羽街道を北上する予定だ。『君側の奸を除くべし』としたためての直訴軍。新選組は本隊の右翼として、支援前進の手はずである。 「おう斎藤、彦根藩の高台陣地は準備万端か」 「はい副長。前面の薩長軍に対し、我らと十字砲火を張る構えです」 「ならいい。今度こそ、連中の勝手にはさせねえ」  土方の気持ちが、斎藤には痛いほど分かる。  先の長州征伐、徳川の永代先鋒彦根藩は英ミニエー銃の

ワケアリ物件の賃借人

体が動かない。だがこれは夢だとはっきり感じる。明晰夢だ。 暗い顔をした男がヨロヨロ近づいてきて、俺の隣に横たわる。どんよりした表情。猜疑心、頭痛、SHIT、そして痙攣。多分、不眠からの薬物過剰。 目の前で繰り返される永久の別れ───金縛りの1割は霊障。 そんな話、俺に言わせれば冗談にもならない。ここじゃ毎晩、無念を抱いて死ぬ男と添い寝だ。進退きわまった憤りだけが伝わってくる。 俺にしてやれる事なんて何もない。そう言い訳するや不意に男の姿が消えた。俺は目が覚めていた。ベッド

老人の消えた街3

(3500字あります) ≪前回までの老人≫ 「子供の頃に食べた果物をもう一度食べたい」  その一心で家を出た老人。しかし名前はおろか色や形さえ忘れ、VRによる高度情報検索でも答えが分からなかった。老人が諦めかけた時、ネット上のとある檄文を読んで鼓舞される。 「自分を肯定する座右の銘を装備せよ!」  その薦めに従い己のポリシーを思い起こそうとするが、胸を励ます言葉の一つさえ見つけられないのだった。 「胸を励ます言葉……」  呟いたまま、私は固まった。一期一会、切磋琢磨、温

老人の消えた街 #2 横浜島

【前回までの老人】 世界は滅亡の淵から50年かけて回復した。復興した町で、主人公の老人は子供の頃に食べた実をもう一度食べたいと願っていた。だが名前はおろか形も色も不明。おぼろげな記憶だけを頼りに、老人は家を出た。  快晴。こんな清々しさはいつぶりだろう。何かを求めて、自分から足を踏み出すのは気持ちいいものだ。  地方市の自宅を出た私は、横浜島に向かう船上にいた。なんといってもここはアジアの中枢島。情報があるに違いない。  あの果実……自宅の情報アクセスレベルでは、答えにた

老人の消えた街

この世界が滅びかけてから50年、街は見事に復興した。 静かに広がるうろこ雲と、緑豊かな街並み。誰が災厄の爪痕に思い至るだろう。 避難所で世話になった婆さんは、ある実を食べて生き延びたと言っていた。私もほんの小さい頃、食べた事がある、はずだ。 ふと、口一杯に広がる濃厚な甘味を思い出す。 名も知らぬあの実。もう一度、食べたくて仕方なかった。 だが今や、樹木は人工的に作られた物。もう天然物は見られない。 あの実は完全に姿を消した。婆さんや両親が生きている間に話を聞いておくべきだ