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安良の小説

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これまでに書いた小説があります。ジャンルは、歴史・逆噴射小説・銀英伝二次創作などです。
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#練習

老人の消えた街3

(3500字あります) ≪前回までの老人≫ 「子供の頃に食べた果物をもう一度食べたい」  その一心で家を出た老人。しかし名前はおろか色や形さえ忘れ、VRによる高度情報検索でも答えが分からなかった。老人が諦めかけた時、ネット上のとある檄文を読んで鼓舞される。 「自分を肯定する座右の銘を装備せよ!」  その薦めに従い己のポリシーを思い起こそうとするが、胸を励ます言葉の一つさえ見つけられないのだった。 「胸を励ます言葉……」  呟いたまま、私は固まった。一期一会、切磋琢磨、温

老人の消えた街 #2 横浜島

【前回までの老人】 世界は滅亡の淵から50年かけて回復した。復興した町で、主人公の老人は子供の頃に食べた実をもう一度食べたいと願っていた。だが名前はおろか形も色も不明。おぼろげな記憶だけを頼りに、老人は家を出た。  快晴。こんな清々しさはいつぶりだろう。何かを求めて、自分から足を踏み出すのは気持ちいいものだ。  地方市の自宅を出た私は、横浜島に向かう船上にいた。なんといってもここはアジアの中枢島。情報があるに違いない。  あの果実……自宅の情報アクセスレベルでは、答えにた

老人の消えた街

この世界が滅びかけてから50年、街は見事に復興した。 静かに広がるうろこ雲と、緑豊かな街並み。誰が災厄の爪痕に思い至るだろう。 避難所で世話になった婆さんは、ある実を食べて生き延びたと言っていた。私もほんの小さい頃、食べた事がある、はずだ。 ふと、口一杯に広がる濃厚な甘味を思い出す。 名も知らぬあの実。もう一度、食べたくて仕方なかった。 だが今や、樹木は人工的に作られた物。もう天然物は見られない。 あの実は完全に姿を消した。婆さんや両親が生きている間に話を聞いておくべきだ