雪解けとはじめの一歩
ヒロイン:金川紗耶さん
”コンコン”
○○:紗耶入るよ〜
薄桃色を基調とした見慣れた部屋
机に積まれた分厚い参考書とびっしりと貼られたカラフルな付箋達は努力の結晶だろう
この部屋の主はというと、
学習机でうつ伏せになっている
○○:紗耶〜
紗耶:・・・
○○:ほら、起きろって
紗耶:…○○?
○○:そろそろ初詣行くよ
紗耶:んん。もうそんな時間か
紗耶はゆっくりと身体を起こすと
大きくひとつ伸びをした
紗耶:ごめん、寝ちゃってた
○○:大丈夫だよ。準備しな?
紗耶:ん。分かった
”今年の年明けは神社でしたいっ!” なんて紗耶の思い付きのせいで大晦日のこんな時間から外出することに
わがままな幼馴染を相手するのは手間がかかる
─────────
紗母:○○くんごめんなさいね
○○:全然大丈夫ですよ
リビングに行くと
紗耶のお母さんに声をかけられた。
同じマンションに住んでいる
金川家とは家族ぐるみの付き合い
それもあって4つ歳が離れているにも関わらず、紗耶とは小さい頃からよく遊んでいた。
○○:紗耶、勉強頑張ってるみたいですね
紗母:夏ぐらいから人が変わったように勉強してるのよね
○○:そうですよね…今までの紗耶からは信じられないです
紗母:入試本番もそろそろだからね。上手くいくといいけど
○○:大丈夫ですよ。紗耶なら
紗母:そうね…
○○:じゃあ、僕はエントランスで待ってます。紗耶に伝えてもらってもいいですか?
紗母:何言ってるの?水くさい。寒いんだしここで待ってなさいよ。
紗母:ほら、座って座って
○○:あ、ありがとうございます
紗耶のお母さんの勢いに負けた僕
促された通りソファの端の方に座り、
皆の視線の先のテレビに目を向ける
金川家の大晦日は紅白派が優勢
RIZIN派のお父さんはいつもより小さく見える
大物歌手による歌唱が披露されている所をみるに紅白歌合戦もフィナーレが近づいている頃だ。
今年もあっという間だったな…
紅白歌合戦を見ていると1年の終わりが強く感じられて、今年の記憶達が呼び起こされる
就活に卒論
大人の社会に出るための準備に追われ
駆け足で過ぎ去っていった1年
俺にしてはよく頑張ったな…
最終面接のために何度東京へ行ったことか
その甲斐あって、第一志望の会社に内定を貰い、憧れでもあった東京で就職することに
年が明ければ社会人までほんの数ヶ月
大人に仲間入りすると思うと気が引き締まる。
”タタタタ”
現実に引き戻すかのように足音が鳴り響いてリビングに紗耶が登場した。
紗耶:ごめん、○○お待たせ!
○○:遅かったね。行く途中で年越しちゃうよ
紗耶:女の子は準備に時間がかかるんだよ?メイクだってしなきゃだし
○○:まだ、若いくせに何言ってんだよ
紗耶:高校生だって、大事な時はメイクくらいするんです〜。
ほっぺをお餅みたいに膨らませて可愛らしく抗議している紗耶
紗耶:そんな感じだからいつまでも、彼女が出来ないんだよ○○は
○○:はいはい、分かった分かった
紗耶:なんでちょっと余裕そうなの。むかつく
紗母:こら。2人とも喧嘩しない。
紗母:それに、ほら。時間大丈夫なの?
2人同時に顔を上げると
丁度、紅白歌合戦の結果発表が終わった頃
紗耶:やばっ○○! 早く行こっ!
僕達はあわてて家を飛び出した。
─────────────────
札幌市内ではあるものの
決して都会とは言えないこの街
大晦日に外へ出る変わり者なんて存在ぜず
エントランスから出ると
足跡ひとつない真っ白な雪景色が広がっていた。
そんな雪道への1歩目が
新品のノートへの最初の1文字をみたいで
普段よりすこしだけ丁寧に1歩目を踏み出した。
紗耶:ほら、○○。置いていくよ〜
そんな僕とは対象的な紗耶。ジグザグに足跡を付けながら少し先を駆けている
目的地は歩いて少しの地元の神社
お互いが受験の時は必ずお参りに行っていた
○○:ほんとに、いつものとこで良かったの?車で少し行ったら有名な神社にも行けるのに
紗耶:んんー、いいの!思い入れがあるし
紗耶:それに、人多いのは嫌っ
○○:まぁ、紗耶がいいならいいんだけど
いつもより少し上機嫌な紗耶
置いて行かれないように気分も歩くテンポも少し上げて行き慣れた神社へ向かった。
──────────
紗耶:着いた〜
数十段の階段を登りきり本殿に辿り着くと
もちろんそこには誰も居らず
スマホを確認すると23:58
紗耶の希望通り、年明け前に着くことが出来た
紗耶:ぎりぎりセーフだね
○○:紗耶が寝てたせいだけどな
紗耶:勉強してて疲れて寝ちゃってたの!
紗耶:大晦日にも勉強してるんだよ?褒めてほしいくらい
○○:それはえらいけどさ。
紗耶:でしょでしょ。
少し目を大きくして自慢気な紗耶
○○:あんなに勉強嫌いだったのにな
紗耶:今でも嫌いだけど。でも、私にも目標が出来たからね頑張らないと
○○:目標…?なにそれ
紗耶:そ、それはあの…
少し下を向いて頬を紅く染める紗耶
わざとらしく髪を整えている
紗耶:そ、そんなことより、そろそろ年越しじゃない?ジャンプしなきゃだよジャンプ
無理やり話題を逸らそうとする紗耶
これ以上問い詰めたって答えてくれないだろう
今日は諦めることにしよう
○○:今年もするの…?ジャンプ
紗耶:そりゃするでしょ
紗耶の頭の辞書には”年越し=ジャンプ”
という記載しかないらしい
通算何度目かも分からない年越しジャンプに今年も付き合わさせれるようだ
スマホの画面に映し出された
小さな時計アプリの秒針を2人で眺めて──
”3”
”2”
”1”
「あけましておめでとうー!」
新年は寒空の下、幕を開けた
⊿
”私、金川紗耶にとって今年は勝負の1年”
○○と一緒に上京するためにも
何としても東京の大学に合格しないといけない
”俺さ…東京で就職することになった”
今年の夏、○○からの報告を聞いた時はこの世の終わりかと思った
…が報告を聞いたその日に私も東京の大学を目指すことに決めた。
これまでずっと一緒だった○○と離れるなんて考えられない
寂しくて死んじゃう
”2人きりでの年越し作戦”は幸先良く成功
今年1年、受験も恋もなんだか上手くいく気がする
○○:紗耶、どうかしたの?
不意にこちらを覗き込んでくる○○
至近距離で目が合って、
心臓の鼓動が早くなっているのが自分でも分かる
紗耶:さ、さぁお参りしよっ!
○○:うん、しよっか
かじかんだ手で大事に握りしめていた5円玉を賽銭箱に投げ入れた。
普段よりもひとつひとつの動作に心を込めて
二礼二拍手一礼
事前に準備していた願い事を脳内で何度も唱える
”今年も健康にすごせますように”
”志望校合格しますように”
”○○に思いを伝えられますように”
”○○との新生活が上手く行きますように”
最後の妄想全開の願いにはきっと神様も苦笑い
それでも、今年の紗耶は一味違うという所を○○にも見せなきゃ
だって、成人したもんね。
大人の紗耶ちゃんを見せつけてやるんだから
目標達成のための1歩目として、何としてでも受験を乗り切らないと
神様お願いっ…
紗耶頑張るから。いい子にするから
神様に願いを伝え終えてゆっくり目を開けると○○が不思議そうにこちらを見ていた
紗耶:どうかした?
○○:いつもは短いのに
今年はやけに長く願ってるんだなーって思って
紗耶:じゅ、受験だから、受験…
○○:それもそうか。心配しなくても紗耶なら受かるよ。大丈夫だって。
真剣な表情で励ましてくれる○○を見ていると、先程の自分の願いが脳裏にチラついて少し恥ずかしい
紗耶:よしっ、じゃあおみくじ引こっ!
恥ずかしさをごまかすように○○を強引に引っ張って、おみくじ売り場に向かった。
箱に100円玉を入れて
お互いのおみくじを取り出すと
紗耶:じゃあせーの
ふたりとも自分のおみくじに目を通し始めた
…どれどれ
”運勢:大吉 流れに身をまかせれば全て吉報へ向かう”
やった
今年は絶対、最高の1年になる
おみくじもそう言ってるし、間違いない
えーっと次は…
”学業:努力すれば叶う”
受験の方もたくさん勉強して努力してるし大丈夫そう。ラストスパートも頑張らないと
ここまでは問題ない。
さて、1番大事な恋愛は…
確かおみくじだと待人って書いてあるんだっけ
待人待人…
あ、あった。
”待人:積極的に行くが吉 時を逃すと叶わず”
えっ ”時を逃すと叶わず”
”時を逃すと叶わず” か
”時を逃すと叶わず” って…?
その瞬間、
東京で大人っぽい年上の女性と腕を組んで歩く○○の姿が脳裏に浮かぶ
それだけは絶対にダメ
○○は紗耶のものなんだから
これだけは絶対に阻止しないと…
○○:おーい
○○:なー。紗耶は、どうだった…?
紗耶:───積極的に…積極的にか
○○:さ、紗耶…?
紗耶:ん?あ、大吉だったよ!大吉…!
○○に声をかけられ現実に引き戻される
○○:ほんと、良かったじゃん
俺は中吉だったよ
おみくじ片手になんとも言えない表情の○○
紗耶:いぇーい。私の勝ちじゃん〜
○○:おみくじって勝ち負けじゃないだろ
紗耶:つまんないの
○○:つまんなくて結構でーす。
紗耶:負け惜しみだ負け惜しみー
○○:分かったからそろそろ帰るぞ
受験前に風邪ひくだろ
紗耶:はーい…
まだまだ2人きりで過ごしたい私の気持ちなんて知るはずもない○○
優しさから来る言葉だとわかっていても
ちょっとだけ寂しいな
2人きりの初詣はあっという間に
終わってしまった。
⊿
おみくじを引いた後くらいから
紗耶の様子が少しおかしい
いつもより距離が近いし
ほとんど腕を組んだような状態で歩いている
○○:なぁ、紗耶…?
そんなに近いと階段降りにくいんだけど
紗耶:えっ、ああごめん…
謝って1度離れたと思ったらなにやらぶつぶつと呟いて、今度はしっかりと腕を組んできた。
なんなら、さっきより近くなってない?
○○:紗耶どうかした…?具合悪いの?
紗耶:別にそんなことない。けど…
○○:けど?
紗耶:んーん。何でもないっ!
○○:そ、そっか
結局、帰り道は腕を組まれたまま
急に黙り込んだ紗耶を不思議に思いながらも、かける言葉は見つからず
去年付けた足跡を辿るように雪の中を歩いていった。
────────
○○:着いたよ?紗耶
紗耶:うん…
マンションのエントランスに入ると組まれていた腕は、パッと解かれた
今まで感じたことの無い沈黙が2人を包む
紗耶:あ、あのさ…
先に口を開いたのは紗耶
○○:今年ね私、勝負の1年なの。
だから○○に応援して欲しい。
○○:勝負の1年…?受験もうすぐ終わるだろ
○○:別に”1年”って言う程じゃ…
紗耶:いいから、応援してほしい。
普段は見せない真剣な表情でこちらを見つめている
○○:ああ、うん。わかった
○○:紗耶。頑張れよ!応援してる…から
改まって応援するとなると気恥ずかしくて
ぎこちないエールになってしまった
紗耶:…ありがとう。これで頑張れる
先程から様子のおかしい紗耶
寒い中外に出たことで体調を崩すといけない。今日のお出かけはこれくらいにしておこう
○○:じゃあ、またね?
勉強の合間にでもまた連絡して
紗耶:ねぇ、待って
振り向いて帰ろうとしたところで腕を掴まれた。
○○:どうした?
紗耶:───好き
○○:えっ?
紗耶の口から零れた言葉に時が止まる
紗耶:さっき目標が出来たって言ってたけど、私の目標はね東京の大学に行くことだよ。○○と離れたくないから。
紗耶:大好き…なの
目から大粒の涙を零しながら一生懸命言葉を紡いでいる
紗耶:4歳離れてるからさ、中学も高校も一緒に通えなかった。受験の時期だって被らなかった。
紗耶:今年、○○は新社会人・私は大学1年生。私が東京の大学に受かったら○○の近くで少しだけ同じ目線に立てる気がして
紗耶:だから勉強嫌いだけど沢山頑張ったんだよ。もっと一緒に居たいから。
雪崩のように紗耶の口から溢れ出る言葉達に呆気に取られて黙り込んでしまっていた僕
紗耶:じゅ、受験終わったらさ、連絡する。だからその時に告白の返事してくれたら嬉しいな?
紗耶:今日は付き合ってくれてありがと。じゃあまた。
紗耶は頬を薄桃色に染めて
颯爽と去っていってしまった。
”紗耶は俺のことなんて家族みたいにしか思って居ない”
何度自分に言い聞かせたことか。
隣に並んで歩く月日が積もっていくにつれて次第に大きくなっていった自分の気持ち
そんな気持ちから目を背けるように就職では地元を離れることを決断した。
でも、離れたって俺の紗耶への気持ちなんてずっと前から変わらない。変わるはずがない。
俺だって紗耶のことが──────
⊿
時は流れ4月・東京
地元、札幌では少しずつ雪が解け始めるころ
○○:ほら、早く行くぞ
紗耶:ちょっと待ってよ〜すぐ準備おわるから
相変わらず準備の遅い私とそれを急かす○○
今日は入学式&入学式
2人とも新しい環境へのスタートラインに立つ
○○:早くしないと俺も遅刻するって
紗耶:ねぇ、スーツってこんな感じでいいの?
○○:俺に聞くなよ。
俺だってまだ着なれてないんだから
紗耶:にしても、2人とも似合ってないね…
○○:だな
お互い見慣れないスーツ姿を見て笑いあって
こんな風な幸せな新生活をずっと夢見ていた私
大吉で始まった1年なだけあって
幸先の良いスタートだ
おみくじの待人の欄を○○に見られ
”だからあんな急に告白してきたのか”
と馬鹿にされたのだって今となっては良い思い出
”そういうところほんと可愛いよな”
なんて大きなおまけも付いてきたし
○○:じゃあ行こっか
玄関で2人。慣れない革靴とヒールに悪戦苦闘
○○:や、やっと履けた…
紗耶:これめっちゃ歩きにくい…
4歳差で揃わなかった気持ちも足取りも揃えて
この恋に参考書なんてないけれど
これから何が起きようと君となら乗り越えて行ける
紗耶:せーの
「『行ってきます!』」
これが2人のはじめの一歩
わくわくどきどきの新生活が幕を開けた。
〜fin〜
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