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そのままでよくなくなる時。

「ありのままでいい」

そんな言葉にその通りだと思い、自分を否定する発想を止めるよう努力した。どんな自分も、できるところもできないところも、「これが私なんだ」と、否定しないようにしようと。

その心がけでかなり、楽になった部分がある。いかに自分が自分にダメ出ししてきたか、気づくこともできた。

そして、ここ最近。

「「ありのままでいい」って「そのままでいい」ってこととは、ちょっと違うよな」ということに、思い当たるようになってきた。

ちょっと前までの私の発想は「ありのままでいい=そのままでいい」であった。

だから、自分の中の「?」と思える部分に関しても「それでいいんだよ」と言い続けてきたようなところがある。それまでだったら「ダメじゃん」と思うような、怠惰な自分のパターンにも「それでいいんだよ」と、制裁しようとする自分を制した。

その甲斐あってか、自分の中の頑なな何かが氷解するような。そんな温かさと言うかぬるさというか、そこに浸かっていたように思う。

でもここにきて実際、全部が全部「そのままでいい」かと言うと、そうでもなく「これはちょっと困るな」な部分もあるなあ、そんな発想が出てくるようになった。

きっと、本質的な部分は「ありのままでいい」んだろうな。

でも、自分の行動や発想を変えていくことで、向上の余地のある部分に関しては「そのままじゃ嫌だ」という思いが、自ずと湧いてくるのかもしれない。

そう、きっと、人生のある部分においては、何でもかんでも「それでいいんだよ」って全肯定する時期が、必要なのかもしれない。評価からも批判からも離れて、ただただ「それでいいんだよ」と言い続けること。甘やかしかもしれない、馴れ合いかもしれないけど、ただただただただ肯定されることが大事なタイミング。きっとある。

だって生まれてきてから全てを肯定されたことなんて、思い出せる?そんなのきっと、自分の記憶にも残らない乳幼児の頃だけなんじゃないか。

私たちの歴史って、否定とそれによる改善によってのみ、評価されてこなかったかな。そんなことに、ほとほと、疲れていると思うよ例外なく人類は。

少なくとも私は、そうだったと思う。

そしてそんな自分はやっぱり、慰めてあげたいと思う。

とにかくまずは、全部全部全部全部、肯定すること。

自分の発想もやってることも、何一つ間違ってなかったと、思い出すこと。

自分を完全に許す。
自分を完全に受け入れる。
自分を完全に認める。
自分のすべてを、完全に肯定すること。

そこから始めて、自分の傷を癒して、心が満たされたら。

ようやく次の階段が見えてくるのかもしれない。

「そのままでいい訳じゃない」

この思いが立ち上がった時はきっと、次のチャンスが来てるということ。

そのままでよくないよ。

ここ変えていきたいよ。

もっとこうなりたいよ。

自分を完全に肯定することとと同じくらい、新しく沸き起こる「このままじゃいかん」の思いも大切。

これきっと動く時のサイン。

さあ変えていくべく、どんな行動に移ろうか。

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