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はじまりのはじまり

私自身は 未来のことを話すのは あまり好みではないのですが

少しだけ 今回は触れてみようと思います

2020年を迎えてから なんだか色々なことが起きてます


人それぞれ個人差もあるでしょうが、

私自身は 去年夏頃から「経済のうごめき」のエネルギーを感じました

秋には 更にリアルな・・・

世界的な規模での経済混乱のうごめきを感じ取ってたように記憶しています

今年に入り、想定していた以上のスピードで

現実的にもエネルギー的にもうごめき

現実的には大変なことも沢山起き、反面エネルギーはとてもクリアに

シフトしてゆく感覚


格差社会を生み出す資本主義の限界性と

競争や我慢といった社会常識から

協調や喜びへの社会へ・・・



ただ

これまでのコードから新たなコードへの移行はまだまだ不安定で

それがゆえに


見失ってしまった感

を生み出しやすくなってたり。


時間や次元のシフトも、かつてない程のスピードで起きてて

私達がいうところの<過去>がどんどん昇華されているこの流れが、

<今>への集約となり、ひとつのまとまりを生み出しています。

そんななか、いくつか受け取るメッセージがあります。

そのひとつが、

「自分のありかたを今一度しっかりと定めなさい」

というものです。

それは、なにをするとかなにをしたいとか、

物質的な部分でのなにかが欲しいとか・・・・そういうことよりも
(それでもいいのですが、その場合同時にありかたもまた見つめてね)

もっと深い部分での根本的な自分のあり方。

根本的な自分の存在・あり方を自分でしっかりと定め・掴むように、
ということ。

それは抽象的なものでも構いません。

   ピュアなハートの声を。


もしここ最近の自分の意識の焦点が
定まっていないように感じているならば、


精神的な乱れを感じているならば、


それはハートからの声を聞きやすい時ということ。

自分が一体どんな存在になりたいと望んでいるのか


望んでいるものはなんなのか

奥深く探ってゆけば、そこには物質的な要素を超えた、
名称や肩書きを超えた、
ハートからの満ち溢れる声があるかと思います。

喜びに満ち溢れた、胸が高揚する

そして安らぎと信頼を与える・・・


そんな衝動に自分を駆り立たせる、
思考や理屈を超えた声が、
静かにみつめると あるかと思います。

その声を、しっかりと定め 掴むということです。

その声の周りには、さまざまな声があるかもしれません。

けれどもそれらを超えたところにある、
純粋なスピリットの声に耳を傾け、
それを聞いたらその声を
自分の基礎・揺るがない土台とし、
その上に様々なものを創り出すように。


焦らなくていい、
ただしっかりと、基盤をつくるように。

それをしっかり掴んだ時、新たな流れが
自分に心地よく 始まってゆくのかもしれませんね。

「自分のありかたを 今一度しっかりと定める」

個人においても社会においても、

このありかた・生きかたというものは今、

そしてしばしの間

ひとつの重要なキーワードとなってゆくのだと思います。

地球も、自然界も動物界も、政治も、今めまぐるしく変動しています。


軸の修正が行われています。


そのなかで私達は、なにを軸にして生きてゆくことを選択してゆくのか・・・。

まずは、私達ひとりひとりがハートの、スピリットの本来の声を聞き、


ほんらいの人間としてのあり方(軸)

に戻ってゆくことが重要なのだと感じています。



さて、ありかた・在り方・あり方と、連呼しているわけですが、

この<ありかた>に関するお話を、


私がかつて経験したことを交えて 書いてみたいと思います。


人は、人生を送ってゆくなかで
いくつかの分岐点に遭遇することがあるかと思います。


自分にとって、大きなきっかけ・発見・影響となったと感じるような
出来事です。

私にもあります。

それは誰かとの出逢いであったり、環境の変化であったり・・・。

そのなかで、<ありかた>というものと真正面から向き合わざるえない時がありました。


それは2006年・11月のある日、突然に始まりました。

これに関して noteでこれから書いてゆくのですが

文字で書くというのは、直接的な会話とは異なります。


会話では相手の表情を見ながら、
その都度その都度キャッチボールが行えますが、


ここでは、一定量の言葉を、

相手の表情がみえないなかで、

不特定多数の人に

一方通行で投げ掛けなくてはなりません。

なるべく誤解が生じないように・・・
同時に自分を偽ることないように・・・

とはいえ、完璧を求めることはできません。


そうしたことから、書くということ・・・
特に深い部分に触れるような内容を書くということは、


私にとって躊躇いを与えるのものです。

勇気のない小心者な私にとって、<書く>とは大冒険。

だから一歩踏み込んだことに関しては、
言葉を飲み込むか
さわりの部分だけに触れる程度にしてきました。

そのなかには例えば宗教に関してのものがあります。

スピリチュアルリズム運動とは、

高級霊たちによる向こうの世界から

こちらの世界への意図的なアプローチであったこと

・・・それは長い長い計画の元に緻密に計算されて進められてきたもの

であったという話を 

音の無い響きで きかされた時期がありました

その時期に体験したさまざまなことは

常識や概念をひっくり返すものばかりでした


なにより真っ先に起きた内的変化・・・

それはまさに「映画マトリックス」を彷彿とさせるものでした


今回は私の準備もできたことから、
これらの、もう少し深く突っ込んだ<ありかた>に通じるお話を
書いてみようと思います。

ただその前に、
一度整理もしておきたいと思います。


2006年の11月から始まった自分の葛藤、
その前後する自分の状況。

一度これらのこともまとめていこうと思います。


以前異なる場所で
読んだことがある人にとっては、
重複してしまいつまらない内容となってしまいますが、

どうぞ少しの間、温かくお付き合いしていただけると嬉しいです☆。

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