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エネルギー的な同意と契約2


エネルギー的な同意や承認

私達の目に映ることはなくとも、
さまざまな形で影響を与えています。


無言のうちに行われるこの契約は
自分の意志を持たせないものとなっているかもしれないし、
貴方を過去や未来に縛りつけているかもしれません。

もしくは他の人の感情や痛みが
自分の中に入り込むことを受け入れているかもしれないし

もっとリアルな面では肉体的な影響を与えている、かもしれません。

そうした場合、
知らず知らずのうちに「私」の思考や感情が
「私」のもではなくなっている場合があります。

つまり、誰かの感情やイメージ、
思考が「私」のものと勘違いしてしまっている

場合があるということ。

それによって必要以上に自己評価を下げていたり、
行動の制限をしていたり、
愛=犠牲と思い込んでいたり・・・。

形はいろいろあると思いますが、
こうした「私」と思っていた思考、感情が
実は私のものではない、ということもあります。


ただ、
こうしたことをみていくと、
ある共通点を私は感じるずにはいられないのです。

それは皆、愛を追い求め探しているということ。

たとえ形はずれていても、
その奥には純粋な思いがあるのです。

ただ愛を求め幸せとなりたいのに
その方法が見つからない・わからないというだけではないでしょうか。


なにかを掴み得ることは素晴らしいと同時に、

なにかに渇きを覚えその渇きを潤したい

という純粋な思いもまた同様に素晴らしいことです。

夢を叶えるには、まず夢を見なくてはなりません。

夢を見れたからこそ夢を実現できたのです。

だからたとえ歪んだ愛情だからといって、
私には それを咎めることはできないのです。

ただほんの少しだけ道に迷い戸惑っている。

その迷いは歩き出したからこそでたもの。

そして歩き出そうと決意したその奥には、なにがあるのでしょうか。

今のこの流れにおいて、
今まで隠されてきた人間関係における同意や契約等が表層部に出てくることもあるでしょう。

それはすなわち、
自分を誤魔化すことが困難な時期に差し掛かっている
ということでもあります。


互いの不要なコードが外れた時、
ふとした感覚で私たちはそれを感じ取ることができます。

今までごく日常的に接し話してきた話題・人に違和感を覚える。

今までと異なる視点で物事が見えてくる。

楽しいと感じていたはずのことに違和感を感じる。

もしくはもっと広い視野で起き、
社会的なものに居心地の悪さを覚えるかもしれません。

それは一時的とはいえ
貴方に戸惑いを与えたり
または孤独感を与えるかもしれません。

けれどもそうした自分を責めないであげてほしいと思います。

「私」が「私」を取り戻すことを自分に許可し

「今」を生きることを許してあげてほしいと思います。


「私」の人生の決定権は「私」にあります。

誰かと結んだエネルギー的な同意や契約において、
本当の意味での解除は
自分自身と向き合うことでしか
行えないものとおもいます。

自分を誤魔化すことが困難となっているこの時期において、
私たちは「私」を取り戻す
素晴らしいチャンスを手にしているのではないでしょうか




もうひとつ。

もし誰かとの関係で
自分がぼろぼろになってしまったり
嫌な奴になってしまいそうな時には、

思い切って離れる、という手段もあります。

自分を犠牲にすることは
結果的に相手に対しても犠牲を強いること。

許すとか愛をもってとか、
それが難しい時もある。

でもだからってそれができない自分を
責める必要なんてない。


自分で自分を醜くしちゃダメダメなのだ☆

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