見出し画像

2022年、話題沸騰したAIM入キャットフード。今わかっていること、課題点を獣医師が解説。

もうだいぶブームは去りましたが、去年Twitterでこんなツイート見かけませんでしたか?

  • 話題のAIM30、ついに買いました!

  • AIM入りキャットフードの宣伝が様々な誤解を生んでいると獣医師が警鐘

2022年3月、マルカンから「AIM30」というキャットフードが発売されました。


コンセプトはこうです↓

猫の慢性腎臓病が多い原因は、腎臓にちょっとしたゴミが溜まった時に、それを掃除してくれるAIMという物質の活性が低いから。

AIMの活性を高めるための物質をフードに混ぜてみたので、若いうちから食べていれば、慢性腎臓病の発症を予防、もしくは遅らせることが出来るかも?

・・・という、画期的とも言えるフードです。

でも、このフードの登場の仕方にはやや賛否両論があります。

この記事では、

  • AIMって何?

  • AIM30という商品はどこまで期待できる?

  • AIM30は何が問題になっているのか?

について、飼い主さんに分かるように丁寧に説明していきたいと思います。

ちょっと難しい内容だけど、気になっている人や購入を検討中の方は頑張ってついてきてくださいね!

AIMって何?

まずは話題のAIMって一体何者?という話をしましょう。
猫は、慢性腎臓病が非常に多い動物です。
慢性腎臓病とは、腎臓の機能がゆっくり時間をかけてじんわり悪くなり、最終的には腎不全を起こして尿毒症という重篤な状態となり、命を落とします。

腎臓の主な役割は、

  • 体の水分調節

  • ミネラルバランスの調節

  • 体に蓄積した毒素の排出

の3つです。

慢性腎臓病に罹ると、これらの機能がじわじわと低下していき、体に水分を保持することができなくなって脱水を起こしたり、ナトリウムやカリウム、リンの濃度が適切に保てなくなったり、体に毒素が蓄積して気持ち悪くなって吐いたり意識状態が悪くなったりします。

「高齢の猫の80%以上が慢性腎臓病」と言われるほど、猫は腎臓が弱い生き物です。

では、一体どうしてなのでしょうか。

一つには「猫があまり水を飲まない生き物だから」という説があります。
もともと猫の祖先は砂漠の生き物でしたので、少ない水でも生きていけるように、腎臓がオシッコをかなり濃縮して少量の尿を排出するように進化したと考えられています。
腎臓がオシッコを濃縮して出すことで、お水が体の外にあまり出ていかなくて済むので、少ない水でも生きていけるというわけです。
しかし、これは腎臓に無理して頑張ってもらっていることになりますから、負担がかかるんですね。
年齢を重ねるとともに腎臓にガタが来て、そのうち慢性腎臓病になってしまうというカラクリです。 

腎臓の負担を軽減するためには、お水をたくさん飲ませる工夫が効果的と言われるのはこのためです。

もう一つの理由として最近指摘されるようになったのが、AIMタンパク質の活性の低さです。
AIMとは、血液中に含まれるタンパク質の一つ。
AIMは腎臓の尿細管という管を掃除してくれるタンパク質であり、マウスの実験では急性腎不全に対して効果があることがすでに証明されています。
Apoptosis inhibitor of macrophage protein enhances intraluminal debris clearance and ameliorates acute kidney injury in mice - PubMed

言ってみれば、トイレの排水管を掃除してくれるようなイメージ。
腎臓って小さなトイレ(尿細管)の集合体なんですよね。トイレ(尿細管)にゴミが詰まると、尿が出せずにそのトイレは使い物にならなくなりますよね。

AIMはトイレの排水管の掃除をせっせとし、排水管つまりを解消してくれます。

血液中のAIMは、一部がIgMという別のタンパク質とくっついて存在しています。血液中でIgMとくっついて存在するAIMは、サイズが大きすぎて腎臓の尿細管に到達出来ず、尿細管のお掃除係としての役割が発揮できません。

トイレの排水管を通らないくらい大きいということです。一人で孤独に存在するAIMだけがお掃除に出動してくれます(活性が高い)。

実は、猫ちゃんのAIMは、他の動物種に比べてIgMとくっつきやすい性質であることが分かっています。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6078943/

なんと、人やマウスの1000倍のチカラでIgMとくっつくと言われています。猫のAIMはIgMが大好きなのです。

すなわち、AIMが尿細管の掃除をしてくれず、腎臓にゴミが蓄積しやすいってこと。

これが、猫に慢性腎臓病が多い要因の一つではないかと言われているのです。

東京大学の医学部の宮崎徹先生がAIM研究の第1人者であり、AIMに関する多数の論文を世に送り出しています。

元はというと、人の腎臓の病気の研究でAIMに着目したようです。

AIMは腎臓のお掃除タンパク質。腎臓にとっては大切な存在だが、猫ではあまり働いてくれない。

※ここではわかりやすくお掃除タンパクと名付けましたが、実際にはAIM自体がお掃除してくれるわけではありません。AIMは、「ここにゴミがありますよ!」と知らせてくれる札みたいなもので、AIMが存在する場所に、マクロファージというお掃除細胞がやってきて掃除してくれます。

AIM30のコンセプト

猫のAIMの働きをもっと良くすることで、慢性腎臓病の予防や治療ができるのではないか?
ということを考えて作られたのが、AIM30というフードです。

AIMの働きを良くするためには、IgMとつながっている手を切ってしまえばよいわけです。

AIMが単独行動するようにしてやれば、しっかり働いてくれるわけですから。

AIMとIgMを切り離すことができる物質としてA-30というアミノ酸が候補に挙がりました。

  • A-30を多く含むフードを猫に与えることで、血中の単独行動型のAIMを増やすことができ、腎臓に届きやすくなるのではないか?

  • そうすれば、もしかしたら慢性腎臓病の発症を予防することができるかも??

というわけです。

「慢性腎臓病の発症率を抑えることができたら、猫が30歳まで生きることも夢じゃないのでは?」ということで『AIM30』という名前が付きました。

これだけ聞くと、猫の飼い主さんにとっては夢のようなフードですね!ツイッターで話題になるわけです。

AIM30の効果と安全性には疑問が残る

AIM30が実際に腎臓病に対してどういった効果がどのくらいあるのか、実際にはまだ全然研究されていません。

AIMに関して分かっていることは以下の点です↓

  • IgMと乖離した単独のAIMだけが腎臓尿細管に到達し掃除を促してくれる

  • 猫ではAIMとIgMの結合が強い

  • マウスのAIMを操作して猫化すると、そのマウスは急性腎不全からの回復力が大きく低下した

  • IgMとAIMの結合部位の特徴が、猫だけ違うっぽい

  • AIMをマウスに注射したら急性腎不全からの回復力がかなり高まった

ざっと論文検索した限り以上のことは分かっているようです。
これだけ聞いてもよくわからないと思いますが、
「猫にAIMを投与したり、AIMの活性を強くするようなことをしたら、腎臓に良さそう!」という、状況証拠だけは揃っているといった感じですね。

逆に分かっていないことは以下の点です。

  • 猫にAIMを注射することで腎臓を守る効果があるかどうか

  • A-30というアミノ酸をたくさん猫に与えることで、AIMはIgMから離れて腎臓へ移行しやすくなるのかどうか

  • 急性腎障害だけではなく、慢性腎臓病に対しても効果がありそうか?(マウスでのAIM研究も主に急性腎障害がメイン)

  • AIMとIgMを切り離すことで何か猫にとって不都合なことが起きないか?

上記のことは恐らく未だ未検証です。(検証しているのなら、データを開示してくれるはず・・・)

言い換えれば、AIM30というフードの効果に関しては、完全に未検証なのです。
直接猫の血液中にAIMを注射して効果があるかどうかの検証すらされていません。

それなのにA-30とかいうアミノ酸がフードに添加された程度で、血中のAIMにどれほどの影響を与えるのか、本当に未知数です。

そして、獣医師として少し気になるのは安全性。
仮にA-30によってAIMとIgMの繋がりを断つことができたとして、それは猫にとって何ら問題の無いことなのでしょうか。

「進化」というのは非常によく出来た現象です。
猫のAIMとIgMがくっつきやすいのは、そのほうが猫にとって都合がいい、何らか理由があるのかもしれないわけです。

今このフードを食べ始めた若い猫たちが5年10年と生きていく間に、思わぬ副作用が出る可能性もあるわけで。

効果と安全性の検証がしっかり済んでいないのに、SNS上で「猫が慢性腎臓病を克服できる夢のフード」みたいな認知で広がってしまったことに、少し違和感を感じている獣医師は多いはずです。

すでに慢性腎臓病の子は腎臓用療法食を

もう1つ問題点として指摘されているのは、既に腎臓病を患っている猫の飼い主さんが買って与えてしまう可能性です。
パッケージや広告を見る限り、腎臓病を患っている猫に使うと腎臓病が良くなるという誤解を与えかねません。

このフードは、あくまでも「AIMによって慢性腎臓病の発症を抑制したい」という願いを込めて作られた製品です。
腎臓病の療法食ではありません。

腎臓病を患った猫は、基本的には低タンパク低リン低ナトリウムの療法食に切り替えます。
療法食に切り替えることで、腎臓病の進行を少しでも遅らせることが目的です。

腎臓病療法食は、腎臓病の治療における要です。

療法食を食べた場合とそうでない場合、比較すると明らかに療法食を食べた場合の方が長生きできることが分かっています。

AIM30は、一般的な総合栄養食にA30というアミノ酸を加えただけのものです。

低タンパク、低リン、低ナトリウムの三拍子は揃っていません。

既に慢性腎臓病を患っている子には不向きなフードということです。

このフードを腎臓療法食と間違え、「なんか画期的なフードが新発売されてる!」と、飛びついてしまう飼い主さんが出てくるのではないかと危惧しています。

実際、「AIM30っていうごはん、うちの子にも試したいんですけどどうでしょうか?」と飼い主さんから尋ねられる機会も増えました。

そうやって尋ねてくれる飼い主さんには一人一人説明ができるのですが、中には自己判断でフードを切り替えてしまっている方もいると思うのです。

「腎臓病の治療中で療法食を食べてもらっていた子に、急にフードを変えられてしまうと困る!」というのが、獣医師が懸念している点です。

AIM30、現時点でおすすめできるか?

総括すると、AIM30については現時点で強くオススメすることはできません。

絶対ダメとは言いませんが、オススメもしない。そんなところです。

少なくとも、既に腎臓病を患っている子はNGです(療法食を食べてください)。

健康な子は試してみてもいいですが、特にこだわりがないならば、ヒルズかロイヤルカナンの製品を1番推奨します。

老舗メーカーですし、多くのペットが世界中で食べてきていて、品質と安全性が担保されています。療法食も総合栄養食も含めて、素晴らしいフードを作るメーカーです。

以上、話題のフードAIMについてまとめてみました。
迷っている方のご参考になれば、幸いです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?