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家族のアルバム:Anizine(無料記事)

(追記:表現を仕事にしてる人が、に限定しようかな)

ペット、恋人、家族、の話というのは他人からまったく興味を持たれることのない独り言のコンテンツだと思っていた方がいい。その手の話題を面白おかしく話すためには芸がいる。「うちの子がこんなに可愛い」という親の愛そのものは何にも代えがたく美しいものだが、自宅のリビングから外に出した瞬間にコンテンツとしての完成度を求められる。

経済や政治や芸術について正鵠を射る発言をしながら、つまらない孫の話を長々と書く人もいる。これが「親バカ」と呼ばれる代物だ。コンテンツは置き場所によって品質が変わるべきという単純なことが理解できないのであれば、その人の批評にも説得力がなくなる。

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何でもない日常の出来事を文学にまでしてみせる志賀直哉的な技術を持った人がいるが、「親バカ」や「ペットバカ」をそのレベルで描いている人をあまり見たことがない。つまり盲目になりやすい題材は扱うのに危険が伴うということだ。個人的な愛情という否定しにくい内容だから誰も指摘しないけど、自分が自分以外の恋人や孫や学校の先生の話を聞かされた気持ちを想像してみるといい。まったくどうでもいい。

「今日、私は綺麗な虹を見ました」という話は描写(トリガー)だけでもいい。それがどんなものかは皆がわかるし、そこから生まれる感情は共通でもあり、人それぞれでもある。そういう普遍性を持った「概念のコンテンツ」だからだ。しかし家庭内の愛情はそうではない。自分のペットのブーちゃんという固有名詞を持った犬である限り、他人は置いていかれる。

それが「私は虹が好きだ」とは決定的に異なる部分なのだ。

俺は撮影に行ったある大企業の社長の家で、家族のアルバムを3時間くらい解説つきで見せられたことがある。どうでもいい家族の記念写真なのだが、普通の家と違うのは、時折、麻生太郎とか安倍晋太郎とかが並んで写っていることだった。中でもキツかったのは奥さんの趣味である、全部が同じに見える日本舞踊の分厚いアルバムが「1」から「8」まであったことだ。

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Anizine

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写真家・アートディレクター、ワタナベアニのzine。

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