アダルトビデオ:博士の普通の愛情
友人が離婚した。あまり向こうから食事に誘われることがないので少し嫌な予感がしていたのだが、レストランの席に着いた瞬間そう言われた。
「何年結婚していたんだっけ」
「ちょうど10年くらいだな」
こういうときは向こうが何を話したいのか、聞いて欲しいのかを丁寧に感じ取る必要がある。僕はただ黙って聞く。
「アダルトビデオに出ていたんだよ」
「え、カオルさんが」
「すごくショックだった」
「信じられないな」
自分のパートナーがアダルトビデオに出ていた。僕だったらどう感じるだろう。想像すらできない。カオルさんに会ったのは結婚式のときと、他には数回しかないけど、とても感じのいい人という印象しかない。もちろん誰かに会って、「この人はアダルトビデオに出そうなタイプだな」と感じることはまずないだろうけど。
「どうしてビデオに出てるって、わかったの」
「匿名のメールが来て、『この人あなたのパートナーですよね』と書いてあった。リンクも貼ってあってね」
「そうか」
「最初は何かの嫌がらせか、間違いだと思ってた」
「本当にカオルさんだったの」
「間違いだと思いたかったけどね。あまりにも映像が鮮明で」
次々に運ばれてくる料理の味を舌がまったく認識しない。僕はただ機械的に食べ物を口に運びながら話を聞いていた。
「スマホの画面をカオルに見せたんだ。これどういうこと、って」
「うん。反応はどうだった」
「すぐに認めたよ。結婚する前から10年以上やってたって」
「そうか」
「このジジイ見てよ。相手はこんなやつだった」
スマホでキャプチャした画面を見せられて僕は驚く。カオルさんが一緒に写っていないのがまだ救いだったが、だらしなく太った男が腰にバスタオルを巻いてベッドに横たわっていた。友人の家庭の問題について、僕は何も関わりたくない。大事な友だちであるからこそ知りたくないのだ。しかしあまりにもリアルな「ベッドでの相手」を見せられて僕は吐き気のようなものを感じ、普段なら楽しみにしているデザートを断った。
「アダルトビデオってたくさんあるのは知ってる。一本ずつ誰かが出演しているんだから、当たり前のようにその人に家族がいることもわかってる。でもそれが自分のパートナーだったらなんて考えたこともないからな」
「そうだよね。それで離婚に踏み切ったんだね」
「それだけじゃない。離婚を決めたのはビデオの中で言っていた台詞」
その言葉を聞かされて、ああ、これを言われたらもう一緒に生活することはできないよなと納得した。
多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。