24時間営業の鍵屋:博士の普通の愛情
夜中、僕の家から数分のところに住んでいるモデルの女性からLINEが来た。「お願いがあるの」と書かれている。
「高橋さん、こんな時間にごめんね。さっき玄関の前で物音がした気がして怖くなったの。申し訳ないんだけど今家にいたら、私の家まで来てくれないかな」
時計を見ると24時半だった。こんな時間に恋人でもない男が女性の家に行くなんて誤解を生みそうだけど、本当に怖がっている雰囲気だったので行くことにした。4桁の番号を彼女から聞いたので、厳重な3段階のオートロックのエントランスを通ることができた。19階の部屋の前に着きインターホンのチャイムを鳴らすと、部屋の中から小さな声で「わっ」と言うのが聞こえた。ドアが開き、彼女が出てきた。
「びっくりした。高橋さんだとは思っていたけど音に驚いちゃった」
8畳ワンルームの僕の部屋とは大違いだったので、けっこうモデルとして売れているんだなと変なことを考えていた。
彼女が終電で家に帰ってしばらくしたとき、玄関のドアの前で物音がしたという。ドアノブがカチャカチャと動いたような気もする。怖くなってテレビの音を大きくしてベッドに潜り込んでいると物音はしなくなった。怖いので僕を呼んだのだという。
「私、引っ越してきたばかりでしょ。まだ慣れてないから怖いの」
「そうか。ほら、コンビニでアイスを買ってきたから食べよう」
「ありがとう」
僕らはある雑誌の仕事で知り合った。モデルの彼女はロケからの帰り、代々木八幡で降ろして欲しいとロケバスのドライバーに言った。赤いスカジャンを着たちょっとヤンキーっぽいドライバーは面倒臭そうに「あそこ、道が細いから入りたくないんだよなあ」とブツブツ文句を言う。彼女が「そこでいいです」と言い、大通りの交差点でクルマを停めた。僕がロケバスを一緒に降りていくと彼女は不思議そうな顔をしたが、そこでお互いの家が数分の距離にあることを初めて知った。それから数回仕事で会ったこともあり、個人的ではないがスタイリストとモデルとして仲良くなったのだ。
「あのさ、不動産会社の人に鍵を取り替えたか確認はしたの」
「特に聞いてない。鍵って毎回取り替えるものなのかな」
「僕もよくわからないんだけど、複製した鍵を持っている前の住人が泥棒に入るケースがたまにあるってテレビか何かで見たことがあるんだよね」
「それ、怖すぎるよ」
多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。