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来たるべき何かへの跳躍:博士の普通の愛情

ある友人が「女性よりも女性のパンツが好き」と言うのを聞いたことがある。セミより抜け殻を集めるのが好きなようなモノか。多分違う気がするな。

女性が服を着ている状態、下着だけの状態、全裸。そういう順番の中で、過渡期っちゃんとも言うべき「下着の段階」に興味を持つのは不思議じゃない。

服を着ている状態が社会的、全裸が原始的だとすれば、下着には洗練から原始へ、逆の高度経済成長とか産業革命じみた「来たるべき何かへの跳躍」の魅力がある。

女性と一つの部屋にいて、彼女はコートを着ているとする。

まあ室内なら脱ぐよね。これは何の意味も持たない。しかし何事かが起きるとき、女性はセーターやスカートを脱ぐ。何それ。社会性の崩壊じゃん。見せたらいけないモノを相手に見せる覚悟ができてるじゃん。

そしてブラとパンツを経て、全裸に。ここまで来てしまうと「原始への回帰」だから、現代的思考が崩壊しちゃっていてそれほど面白くない。すごい出来事が起きているのにメガネを外している状態と言えば伝わるだろうか。だから、メガネはかけたよく見える冷静な状態で展開される崩壊しつつあるブラとパンツの風景に価値があるわけだ。

俺は友人と違ってパンツには興味がない。パンツはカタチこそ違うが俺もはくことが多い。馴染みがあるのだ。

でもブラは一度もつけたことがないしひとつも持っていない。自分とは縁遠いない神秘の概念にこそ知的好奇心は働く。オッパイを隠すという役割、また寄せて上げる機能など、すべてが謎に満ちているのだ。

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恋愛に関する、ごく普通の読み物です。

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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。