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三文字で恋が終わることがある:博士の普通の愛情(無料記事)

まだ10代だった頃。友人から初めて彼女ができたと聞かされました。

夜中のファミレスで彼は延々と同じ話を繰り返します。まだ情報量が少ないのにうれしいから、細かい話を繰り返すしか方法がないんでしょう。若さゆえの微笑ましさです。

初めての彼女と宣言している通り彼はチェリーボーイでしたが、今のようにインターネットなんてありませんから、雑誌の記事を読みまくって「最初の戦い」に挑むわけです。

ベタですが、母子家庭の彼女のお母さんが旅行に行く日があるらしく、彼女がその時に家に泊まりに来ないかと誘われたそうです。「これは完全にエックス・デーだと認識していいよな。な。なーってば」もう鼻息の圧力がスゴいのなんの。

「いいんじゃないの」俺はちょっと面倒くさくなってきて、気のない返事をしますが彼はその戦いで必要になる装備品の調達方法などについて、唾を飛ばしながら話し続けました。

しばらく彼のことを忘れていたんですが、エックス・デーはすでに過ぎていました。エックス・デーって言い方がどうしようもなくダサい。

たまたま会ったときにその話を聞くと、暗い顔で「ちょっと話が長くなるんだけどお茶つきあってよ」と言われました。前回は本人に長い自覚がなかったのにあの時間です。前もって「長くなる」と宣言されるのなら今日は何時間我慢すればいいのでしょうか。

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彼は四つ折りのピンクの便せんを一枚差し出しました。「これ、彼女からもらった手紙」「手紙なんか他人に読ませたらダメでしょう」「いや、もういいの。終わったから」「そういうことじゃない気がするけどね」

Aくん
私も不安ですけど、Aくんが来てくれるなら初めての覚悟はできています。
B子

書かれていたのはたったそれだけでしたが、女性が男性にそんな手紙を書くのはかなり勇気がいることだったと思います。「なんだよ、こんなのもらった本人以外が読んだらダメに決まってんだろ」俺はB子さんの気持ちを考えるとかわいそうになり、同時にイラッときました。

「俺もな、これを前日にもらったときはグッときたわけよ。可愛いなと思って。で、当日に家に行ったのね。夜中までテレビ見たり話したりするけど、こっちはピョン吉が3Dになっちゃってるからさ、考えるのはそればっかだよ」

「まあ、それはしょうがない。健康だよ」「でな。真夜中にそういうことになったよ。やけに上手くいったんだけど」「よかったじゃん、チェリーボーイ」「うまくいきすぎたことに疑問があった。もしかして経験者かと」

そうか。こいつはチェリーボーイだったから、もしB子さんが経験者だったらショックってことか。器が小せえな。

「俺はこの手紙を彼女に見せて、この初めてってどういう意味、って聞いた。ちょっと言いにくそうだったけど、それはあなたとは初めてって意味で、経験は4人あるんだけどと言った」「ほう」「最初の人はつきあっていた人で、と言う」「てことは、残りの3人はつきあっていた人じゃないってことか」「俺はもう糸が切れちゃったカンジでさ、お前が言ったのと同じように、じゃあ残りの3人は、って聞いたんだよ」

「そしたらなんて言ったの」「驚くなよ、ノリで。って答えた」「厳しいな」「厳しいだろ。俺は朝までいるつもりだったけど、なんかそのまま帰ったよ。徒歩で。家に着く頃、空が明るくなっちゃって、仕事に向かう人がいたりして、すべてが虚しくなった」

確かにそれはチェリーボーイにはキツかったかも。数時間の間に天国から地獄というか。彼女も本当のことを言う必要なんてないと思うし、最初に紛らわしいことを書かなければいいのになあ。

「ノリで、って言う子は、たとえ俺と付き合ったとしても、その場のノリで同じことをする気がするんだよね」彼がつぶやいたそれは正しい意見だ。

というわけで、今日は俺の友人が、たった「三文字」のチカラで撃沈したお話でした。

(以前マガジン以外で書いたモノを再掲しました。定期購読は以下リンク)

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恋愛に関する、ごく普通の読み物です。

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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。