弟のマクラーレン:博士の普通の愛情
二つ年下の弟からLINEが来た。彼とはほとんど連絡を取ることもなく、画面を見てみると最後にメッセージが来たのは今年の正月だった。
「最近、忙しいの」
「そうでもないけど。お前は」
「まあまあ。いつも通りって感じ」
「珍しいじゃん。何かあったか」
「もし日曜日に時間があったらうちに来ないか」
「いいけど、なんで」
「マクラーレンを買ったんだよ」
弟と僕は小学生の頃からクルマが大好きだった。スーパーカー図鑑という本に載っている車種をふたりとも全部記憶していた。うちはそれほど裕福じゃなかったから兄弟で一冊だけ買ってもらい、それを取り合い喧嘩しながら読んだ。社会人になった頃からあまり話すこともなくなり、弟が結婚して実家を出てからは、親戚の冠婚葬祭以外にほとんど連絡を取ることはなくなった。
弟は僕と違って社交的でそつがなく、どこに行っても人気者だった。僕が好きだった高校の同級生女子が、知らない間に弟とふたりだけで映画を観に行っていたこともあった。それから僕は女友達を家に連れてくるのはやめた。弟は外資系の証券会社で働き、30代前半で結婚し、郊外に家を買っていた。絵に描いたようにまともな社会人だ。僕はと言えばいつまで経っても定職に就かず、吉祥寺の友だちのカフェでアルバイトをしながらその店でギターの弾き語りをしているような生活。
家族からは勝手な思い込みだと言われるが、僕は弟に劣等感を持っている。勉強もスポーツも人付き合いも弟の方が数段上だ。よくスポーツ選手には弟が多いと言われる。それは兄貴の影響で新しいことを憶えるからだろう。手探りしながら練習する兄貴と比べると、それにくっついていって自分より巧い年長者と練習できる弟には有利な点が多い。
数年前、弟と新宿の駅前で偶然会った。赤い「ポルシェ・ボクスター」という2シーターに奥さんのトモコさんを乗せて交差点に停まっていた。
「にいちゃん」
弟の声だということはすぐにわかったが、道路から声をかけられると一瞬どこから聞こえているのか方角がわからない。しばらくキョロキョロしてから赤いオープンカーのハンドルを握る弟を見つけた。
「ボクスター、買ったのか」
「うん。買った。また正月に実家でな」
多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。