ブラック企業告発:博士の普通の愛情
「ねえ、これってうちの会社のことじゃないかな」
深夜の残業中、3年先輩の石田がラップトップを持ってきてこう言った。
『ブラック企業告発サイト』と書かれたそのサイトのあるページには、明らかにうちの会社の副社長と思われるイニシャルで、問題が書き込まれていた。
「本当だ。これは臨海地区の入札のことも載ってるから、うちですね」
「大丈夫かなあ、こんなことまで書かれちゃって」
「もしかしたら週刊誌とかが食いつくかもしれないですね」
「加納も、このサイトは監視しておいてくれよ」
「わかりました」
僕は石田が教えてくれたそのサイトを端から端まで読んでいった。知らなかった会社名義の保養地、政治家との癒着などについても驚いたのだが、中にひとつ気になる書き込みがあった。資材課のユリコについて、である。学生時代に銀座のキャバクラに勤めていて、そこに人事部長が来店したことで入社の内定をもらったと書かれている。これは事実だろうか。彼女と僕は数ヶ月前から付き合っている。
翌日、僕はユリコにそれとなく聞いてみた。
「ユリコはどんなバイトをしてたの」
「ああ、ちょっと言うのが憚られるけど、ほんの少しだけキャバクラで働いたことあるよ。加納くんに隠していたわけじゃないんだけど」
「そうか」
彼女が素直にそう言ったことから、そのつてで人事部長に取り入ったというような印象は受けなかった。ああいうゴシップサイトのことを真に受けたらいけないなと反省した。
ある日、意を決してそこに書き込みをした。
多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。