マガジンのカバー画像

写真の部屋

人類全員が写真を撮るような時代。「写真を撮ること」「見ること」についての話をします。
¥500 / 月
運営しているクリエイター

2023年5月の記事一覧

シナジー:写真の部屋

最近はあまり聞かれなくなった古いビジネス用語、シナジー。ファジーなんていうのも流行りましたね。マルチメディア時代の到来とともに。シナジーと言わなくなっても「シナジー」的な現象は厳然と存在するわけで、それを実感したここ数日でした。シナジー効果とは相互波及効果とでもいうのでしょうか、複数のファクターが単独ではなし得なかった相乗効果をもたらすことです。 写真を仕事にしていると、発注がとてもランダムで不安定なことに気づきます。農業なら種まきと収穫の時期が決まっているように、多くの職

レタッチ病:写真の部屋

かなり前、ある女優とロケに行ったとき、彼女がロケバスの中で雑誌に載っていた化粧品の広告をずっと眺めていたことがあった。そこには見開きでモデルのアップの顔がドーンと写っていた。 「何を見ているんですか」 と聞くと、彼女はため息をつきながら、 「全然毛穴が見えないし、すごく綺麗な肌のモデルさんだと思って」 と言う。 「それはかなりレタッチで後処理をしているからですよ」 と答えると、そうなんですね、と驚いていた。素朴な人だというのもあるが、当時は今ほど強烈なレタッチをし

カメラを選ぶ:写真の部屋

今書いている「写真の本」では、これからカメラを買おうと思っている人へのアドバイスにかなりのページを割きました。大事なのは論点の整理ですから、ここでは本に書いたこととは少し違う方法で。 まず、自分が何を撮りたいかを明確にする。 本当は撮影目的が決まらないとカメラもレンズも選べないのですが、初めてカメラを買う人に、それはほとんど無理と言っていいでしょう。撮りたいモノは撮っているうち日々変わっていくからです。趣味というのはどんなものでも同じですが、道具は使って初めてわかることが多

すべてのプロポーション:写真の部屋

カメラを持ったばかりのときは、目についたものを何でも撮るはずです。それは基礎体力というか筋肉の訓練に近いですから、たくさん撮った方がいいと思います。しかし、しばらくするとそれに飽き足りなくなってきて停滞を感じるでしょう。 こんな写真を撮ったことはないでしょうか。歩いていてたまたま目についたモノを撮っているんですが、コンテストの審査をしていたときにこういう写真をたくさん見ました。もしあなたがこのような写真を撮っているとしたら、これが写真表現において欠けているポイントを理解して

不運な写真学生:写真の部屋

秋に出版する「写真の本」を書いているので、写真にまつわる様々な意見をネットなどで調べていますが、そこでわかったのは、「いい写真を撮っている人が写真の技術を教えていることはまずない」という事実でした。どのジャンルでも同じでスキルにはいくつかの段階があるので、それに応じて人が分布しています。 先日、こんなことがありました。私の仕事場は渋谷と原宿の中間にあるので、道端で何かの撮影しているところを見かけない方が珍しいくらいです。規模は様々で人の少ない早朝には映画やドラマのように数十

問いと答え:写真の部屋

どんなことでも同じだと思うけれど「答えを教えてくれるサービス」に、答えはないと思っていい。その理由は「手っ取り早く答えが知りたい」人に向けているからだ。楽器が上手な人や、語学が堪能な人などに話を聞いてみると、かなりの確率で、「上達は、単純で苦痛を伴う膨大な数の反復でしか得られない」という答えが返ってくるはずだ。本当にこれしかない。 多くのサービスは、努力を単純化してみせることに重きを置いている。苦痛が伴う努力が必要だと正論を言っても「売れない」からだ。だから、英語は勉強しな

あなたの駅:写真の部屋

写真を撮る、ずっとずっと前に必要なものがあると思っています。それは見たものを判断する目です。「これを撮ろうと思ったが、果たしてそれは撮るに値するものだろうか」という自分の審査基準が大切だということです。写真を撮るという行為は自分が好きなものや、いいと思ったものを記録したい願望ですから、写っているものがその人の審美眼を原寸大で表していて、絶えず「選択する眼」が試されていることになります。 何かを撮ることは簡単です。しかし「それがあなたの審美眼なんですね」と思われていることに自

他者との比較:写真の部屋

ある同業者が、以前から俺の写真に対して批判的な感情を持っていることは感じていた。遠回しに皮肉を言ってくることが時々ある。その人とはフィールドがまったく違うし、信じる宗教が別だとわかっているから気にしないようにしていた。 あるとき、その人が自信満々に載せていたこちらの領域に近い仕事を見て、圧倒的な能力のなさを感じた。変な表現だけど「心の平穏」が訪れた気がした。「ああ、この人はこれができないのに言っていたのか」と安心したのだ。こういうダークな感情とは無縁で生きていたいと思ってい

イチローの記憶:写真の部屋

国内のロケに、アシスタントの若い男性が来たときのこと。翌日が早かったので前日の夜に地方のホテルに泊まった。我々の部屋は4階。彼はエレベーターのボタンを素早く押すなどの動きを見せたので、翌日からは安心かなと期待していた。4階につくと自分の部屋のキーカードの番号を見ながら「432」と口にしながら廊下を歩いていく。 カメラアシスタントの能力は、どれだけ気が利くか、機転が利くか、頭がいいかにかかっている。突然のトラブルに対処することが多いからだが、廊下を歩く彼を見て、ああ、これは駄

フォーカスの位置:写真の部屋

この記事はマガジンを購入した人だけが読めます

昨日まで知らなかった:写真の部屋

仕事で写真を撮る面白さは、「自分では撮ろうと思いもしなかった場所や人やモノとの出会い」にあるかもしれません。自分が決めた好きなモノを撮るのは楽しいのですが、思いもよらないモチーフを持ち出されて「これを撮ってください」と言われると、生まれてから今まで一度も働いていなかった脳の筋肉が刺激されるというか、楽しくなるのです。 それを繰り返していると、どんなオーダーが来ようと動じなくなります。仕事は10年やらないと一人前にならない、というのはことさら「徒弟制度の下積みの害悪」のように

サントリーニ島での事件:写真の部屋

数年前にロケでギリシャのサントリーニ島に行った。初めてだったのだが、リゾートとして人気がある場所なので「いかにも観光地」なのではないかという先入観を持っていた。しかし、どんなところにも行ってみないと本当の姿は見えてこないものだ。いくら地図やテレビを見て想像していても何もわからない。 アテネに着いてモデルのオーディションをする。日本での書類選考で目星をつけていた人たちが集まってくれたが、いい人が見つかって安心した。アテネのホテルからパルテノンが見えるかもしれないと思って窓を開

世界のカメラ市か:写真の部屋

あまり使わないカメラの整理を始めています。フィルムカメラは数十年間も革新的な変化がなかったので、「Nikon F5(1996)を使っているけど、F3(1980)も気に入っているから手放したくない」という感覚がありました。しかしデジタルカメラは家電と同じなので、新しいモノほど画期的に性能がよくなっています。 「新しい機種を素早く買ってしばらく使い、早めに買い換える」 そのタイミングを逃すと、ただ「仄暗い棚の底」に置いてあるという状況になって心苦しくなり、使わないのにどんどん

何ボルギーニなのだろうか:写真の部屋

写真を撮る作業の中では何段階も「選択」を迫られます。 目の前に現れた何かを、撮るか撮らないか決める。撮るとしたらいつ撮るかを決める、シャッターと絞りと感度を決める、レンズを決める。撮るときだけでこれくらい。続いて撮った写真を見て「これ、いらない」と捨てていくセレクトの作業。一枚が決まったらそれを現像して色やコントラストや彩度を決め、最後に「トリミング」をします。 トリミングとは、写したかった部分を明確にすることです。撮るときに考えるのは当然ですが、否応なく入ってしまったも