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博士の普通の愛情

恋愛に関する、ごく普通の読み物です。
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2019年7月の記事一覧

失われた正気。

しばらく前に、知人と居酒屋に行った。 俺は酒を飲まないので、酒を飲む場所では「観察者」になる。マラソンで選手のみんなが死にそうになって走っているところを先導する、白バイ隊員のような立場だ。 正気を失った人からすると冷静なシラフに観察されるのは居心地が悪いだろうけど、それはこちらのせいではない。自分で、失われた正気を求めてプルーストして欲しい。 隣の席にいた上司と若い女性社員らしきふたり。両方ともかなり酔っていた。上司が「俺にいい女を紹介してくれよ」と絡んでいる。女性の方

スマホを貸してもらえませんか。

平日の夕方、僕は一人でカフェにいた。 遠くの方の席に20代後半くらいの女性がいたのだが、何度かこちらを見ているような気がした。彼女は僕の前を通り過ぎて、一度トイレに行った。 しばらくしてその人は目の前に立ち、こう言った。 「スマホを貸してもらえませんか」 自分のスマホを忘れたのだろうか。そう言えば他人にスマホを貸したことはないなあとボンヤリと思ったが、困っているのなら貸してもいいか。 「いいですよ」 彼女はスマホを受け取ると僕の前の席に座り、何か打ち込み始めた。電

Mという男。

何年も会っていない友人「M」からメールが届いた。 その名前を見た瞬間、多くの複雑な感情が一気に押し寄せてきた。彼は感情がむき出しになりやすく、敵も味方も多いタイプだった。俺はそこまで自分をさらけ出せる人が珍しいというか羨ましいというか、そんな気持ちで昔から遠巻きに眺めていた。 つねに他人をよくない状況に巻き込み、ギリシャ悲劇でも演じるかのような振る舞い。こちらの気持ちに余裕がないときは疲れてしまう。ごく普通の日常生活に彼が登場するといらいらさせられるのだ。 彼がどんな仕