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猫鍋さまへの返信~アニメにも絵画にも「瞬間(ないしは特権的瞬間)」はないことについて


 返信にお時間かかりすみません。
 以下のわたしの返信は基本的に互いの見解のずれを明らかにさせるものなので、読んでいてあまり快さが訪れないかもしれませんが、ご了承ください。

 まず基本的な誤解ですが写真・実写と違い、アニメーションでは「露光」されていない、という認識です。セルアニメーションは撮影台の上でひとコマひとコマ、カメラに撮影されて「露光」しているからこそ、われわれの視覚に知覚しえているものです。
 エヴァンゲリオンの「長い止め絵」が印象的なのは、アニメの「露光」がないからではありません。
 エヴァンゲリオンのアニメの時間は「虚構」でもありません。客観的に測定できるような「実際的・現実的」な時間を持っています。
 あの「止め絵」のシーンが「時間が止まっているように」思えたとしても、それは単に約束事としてある説話機能上の「客観的・計測的時間」が、観客の「内的に感じる時間」とがいちじるしく食い違った結果起こった「異化作用」のものだと思います。

 さてノーマン・マクラレンの「コマの間に横たわる見えない隙間を操作する芸術」という言葉は、いくつかのアニメーションに関わる書物に現れていますが、わたしにはマクラレンが何を言おうとしていたのか、まったくわかりません。
 「コマ」と「コマ」の間を「操作」するとは、どういうことなのか?
 フィルムの場合、コマとコマとの間には、フィルムの回転・点滅運動で生じる規則的な暗闇しかありません。
 それを「操作」する?どうやって?
 神秘的で秘教的な響きを帯びた、漠然とした「比喩」にしか聞こえません。このマクラレンの言葉を「たとえ話」以上にきちんと定義し得た記述に出会ったことはありません。

 それから「ウルスラの絵」は決して「特権的」なものではありません。わたしがあの絵に注目したのは、わかりやすい例としてとりあげただけで「いたって平凡な」背景画です。
 背景に描かれた一本の木や、テーブルに置かれたコップが、複数の角度から描かれたとしたら、それは「ウルスラの絵」と同じ作用を生み出して「似ている」がゆえに「同一のものと錯誤」される役割を働かせています。

 それから基本的な認識の相違として、「絵画」というジャンルは「瞬間的」ではないと思います。絵画もまた「持続」のなかで生きて・見る者に享受されるメディアだと思っています。
 出勤途中の駅のホームで「一瞬」見ただけの広告のポスターは、「一瞬」とは言葉上の平俗的な使用であって、わたしたちはそのポスターをチラ見であっても「ごく微細な持続性(長さ)をもった時間」でもって把握していたはずです。
 美術館などの鑑賞を目的とした絵画ならどうでしょう?
 われわれはその絵のひとつひとつを、「瞬間的」に見ているでしょうか。そうではないでしょう。その絵の前に立ち、「ある一定の持続的な時間」でもって、仔細に絵の各所を見つめる、そうしてこそ得られる「持続性の芸術」であるのが「絵画」というメディア/ジャンルではないでしょうか。

 それから「瞬間」という言葉は、日常的に惰性化した使用以外では、慎重にあつかわないといけないと思います。
 アニメ「あしたのジョー」や「エヴァンゲリオン」が猫鍋さまに引き起こした「特権的瞬間」は、「瞬間」ではありません。
 それが「特権的」に思えたのは、それらのシーンが猫鍋さまの審美的判断上お好みだったということなのでしょう。
 一方の「瞬間」についてはどうでしょう。「あしたのジョー」のハーモニー処理にせよ、「エヴァンゲリオン」の止め絵にしろ、それを見ているとき猫鍋さまは心撃たれて、あたかも「時間が止まった」かのように思えたかもしれませんが、そのハーモニーにせよ・止め絵にせよ、猫鍋さまが我に返るまでの間、フィルムなりビデオとしての時間は、計測できる形で経過しているのであって、「瞬間」ではありません。マクラレンが「コマとコマとの間を操作した」かと錯誤したように、猫鍋さまも何かを錯覚されたのではないでしょうか。

 最後に。
 猫鍋さんの文章全般に言えることですが、何か知的な情報をたくさん摂取するのは大いに結構なことですが、それを具体的な場面で応用するにあたって、あまりに杜撰で・あまりに拙速だなという印象を持ちました。
 これは歳を召した権威ある学者さんにも言えることです。自分の「知」ですべてが説明できると傲慢に思って、聞いた風な口をきいた知的論文・評論を書いて図々しくなり、歳を重ねるほど誰も咎めることができなくなっていく。
 得た知識を使って対象を分析をする。ではないんですよね。
 すべきことは逆でしょう。
 対象につかまえられながら、それがなぜそう自分を引き留めるのかを知るために、そこではじめて手探りで、知の地平を開拓していくというのが筋というものではないでしょうか。

 ご精進のほど、応援いたします。

 

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