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体育の授業で「水泳」が苦手な…苦手だったアナタへ

 小学生や中学生だった頃、夏の水泳の授業お好きでしたか?私は、大嫌いでした。塩素の臭いも苦手でしたし、炎天下は勿論、雨天時でも行われる事が嫌でした。また、朝イチに水泳の授業があると、下校時までの不快な時間の長さには閉口するしかありませんでした。

 中学生になると、運動公園に学校が併設しているとの理由で、校内にプールがありませんでした。幸いなことに?水泳の授業がなくなりました。プールに入ったのも、海に入ったのも小学6年生が最後だと思います。

水泳の授業が嫌いな人ならきっと「なんで水泳の授業なんかするんだろう」と、初夏になる度に思われたことでしょう。わかります、私がそうでしたから。

 私は、親や姉妹、友人は勿論、従姉妹や祖父母にすら体育の授業で行われる水泳の授業が如何に苦手で嫌いであるかを毎年の様に言っていました。

 そんなある日、祖父が言ったのです。「晶、水泳の授業が嫌いなのは解るが、顔に水をつけることはできるか?」と。毎朝、洗顔しますから勿論できます。

 「なら、水に身体をつけることは?」毎日、お風呂に入る位なので勿論ですますとも!と、自信満々に答えたことを覚えています。

 次に、祖父は「そしたら、プールに飛び込むことはできるか?頭からじゃなくていい、足からジャンプして飛び込めるか?」と聞いてきたのです。それくらいは出来る!正直、だから何なのだと思いました

すると祖父は「それだけ出来たら十分だ。出来ることなら、顔を出したままで平泳ぎが出来たら最高だ」と、にっこり笑ってくれたのです。水泳の授業か苦手な孫に、水に飛び込むことが出来たら十分だと言うのです。

恐らく、酷く困惑した顔をしていたのでしょう。祖父は「僕が教員をしていた頃はね、水泳の授業なんかなかったんだよ。でも、瀬戸内海で修学旅行にいった小学生が海難事故にあって多く亡くなったことがあってね、それから水泳の授業が出来たんだよ。当時、子供たちは海に飛び込む事が出来なかったんだよ。だから、晶が水に飛び込むことが出来るなら、水泳の授業の最初の目的は達しているよ。」と、昔話をしてくれました。

学校では、何故水泳の授業をするのかの説明は勿論ありません。ですが、祖父と話したことにより、水泳の授業は水泳大会に出る為のものではなく、オリンピックを目指す為のものでもなく(なかにはいらっしゃるかとは思いますが…)命を守るための授業なのだと気持ちをきりかえることができました。

おかげ様で、私は顔を上げたままの平泳ぎのみを習得しました。クロールは息継ぎが今でもできません。たとえクロールが出来ずとも、祖父が掲げてくれた最終目標には達しているので、満足しています。

近年、服を着たまま水に浮く、泳ぐがカリキュラムに取り入れられていると聞きました。命を守るための授業の進歩だと思います。

水泳の授業は、海難事故時に海に飛び込む勇気を育てるためのもの!その勇気を持っていれば、25メートル泳げなくても大丈夫です!力を抜いて、じっとしていれば、浮くそうです(笑)。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
そして、アナタの一助になればうれしいです。

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