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トートの書

メルカリで注文していた「トートの書」が届きました。

トートの書 アレイスター・クロウリー著

少しずつ読み始めましたが、内容は、僕的には想定内な感じです。

カバラがベースであり、グノーシスであり、このトートタロットを使うことで、世界の見えなかった階層に入っていくことができるようにデザインされているということだと思います。

こうして見ると、やはり単に占いの道具ではないですね。実際に聖霊とのコンタクトができていくことで、直接のチャネリングも起こり始めるでしょうし、それは同時に、空間と時間の秘密を解き明かすということにも通じるのだと思います。

そして最終的には自分自身がこの宇宙の創造者であるというところにたどり着くようになっているのだと思います。

アイオーンの意味を理解することは、宇宙の構造を理解することに他ならないと思いますし、それはライダー版のジャッジメントとは、全く次元の違う世界観なのだと思うのです。

クロウリーが悪魔的であると言われたのは、まさに反キリスト教会であったからでしょうし、反道徳であり、グノーシスであったからでしょう。

思えば、日本の八百万の神も根っこではグノーシスにつながっているのかも知れません。原日本はトートタロットに親和性が高いような気がします。日本の神話に出てくる神様の行為はかなり不道徳なものもありますからね。

まだ、ほんの少しパラパラと読んだだけですが、ここまで書きたくなってしまいました。

でも、あせらず、ゆっくりと読んでみようと思います。


さて、こちらは、今朝引いた3枚です。

1.未来 ソード エース
2.現在 カップ ナイト
3.過去 カップ クイーン

現在と過去がカップのナイトとクイーンということで、カップの男性性と女性性が並び、未来の位置にはソードのエース。

ソードのエースは思考、理論、計画、決断、判断、独創性という感じ。具体的な一歩を踏み出すということでしょうか。

カップのナイトはカップを抱えて馬に乗って、空に舞い上がりそう。ありのままに、なすがままに、無防備なほどに、感受性を大胆に掲げている感じ。水の中の火というカード。

カップのクイーンは水の上。美しい水鏡の上。ザリガニの入った貝殻を掲げ持っている。ペリカンと蓮の花。水の中の水というカード。

過去の位置にクイーンなので、とても純粋な感じ。透明感があり、感受性がとても強く、デリケートだからこそ、経験できたこともあり、それゆえに傷ついたこともあるかも知れない。

そのようなピュアなナイーブさをベースに持ちつつ、今、現在は羽ばたこうとしている。風を感じながら、ハートを掲げながら、今は大胆に経験することを試しているという感じ。

こうして書くことも、ちょっとした冒険だし、自身の気持ちについて書くことは、危険を伴うけれど、でもそうすることで初めて手に入る経験があり、それはとても繊細でナイーブだけど、その経験が引き金となって、新たな展開が開けるのだと思います。

一は始まりであり、コンセプトであり、アイデアであり、そこに独創性が見えてくるはず。

しかし、思い返すに、一番のベースには水鏡のような世界があって、それが僕の心象風景みたいなものなのかも知れません。

それはイデアに触れることができる場といいますか、根元の原理を感じ取ることができるくらいに、純粋な、ピュアな空間という感じの場所。

思うに、ソードの世界は、水や火の世界とは違う質があるのかも知れません。

思考の世界は、純粋というよりは狡猾というような響きがあり、そこに入っていくということに対して、まだ免疫がないというような感じもあるのかも知れません。

ソードのエースが逆位置で出てるのはそういう苦手意識の現れということなのかなと思いながら、正位置に戻して見てみると、アンテナを建てて、四方八方に電波を発信しているというようなイメージになりました。

ただ純粋に発信すればいいのかも知れません。そう思うと、気持ちは楽になりますね。

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