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あんクリ小説版/いろり庵のあすかさん-3

(3)タケダのおばあちゃん

いろり庵の僕たちにとって、
夏はあまり好きじゃない

暑い夏の時期は、みんなたい焼きよりも
ソフトクリームやかき氷が好きなんだ
何よりも、あすかさんがとても大変そうなんだ
首に巻いたタオルで汗をふいては、
たい焼きを一生懸命焼いている
いろり庵でもラムネがよく売れるけれど、
やっぱりあすかさんが作った
たい焼きが売れる方が嬉しい

ふじえさんがいた頃は、あんこちゃんを
たっぷり使ったあんみつを出していたけれど、
あすかさんだけになってからは
そこまで手が回らないみたいだ
あんこちゃんは活躍の場が減って、
少し不満げだけれど
僕はあんみつには居場所がないから、
むしろあんこちゃんといっしょに
待ちぼうけくらいな方がいいと思ってる
これはあんこちゃんには秘密だ

◇◇

セミの鳴き声がしなくなってきた
季節が変わるんだと感じる
最近はまた、お客さんが増えてきた

でも、タケダのおばあちゃんと犬のジョン
には会ってない
ダケダのおばあちゃんは、ふじえさんが
お店を始めたときからの常連さんだ
タケダのおばあちゃんが若いころから、
買いに来てくれていた

娘のちよみちゃんが大きくなって家を出て、
旦那さんが亡くなって、おばあちゃんに
なってからは、犬のジョンと来るようになった
甘いものが大好きだった旦那さんのために
一度にいくつも買ってくれていたけれど、
最近じゃあ、あすかさんとお話しをして
帰るだけのこともあったくらいだ
ジョンもだいぶおじいさんになって、
モップみたいな毛並みで
僕たちにワンワン吠えることも減った
タケダのおばあちゃんは自分で食べる
たい焼きのしっぽのところを
ひとつまみしてジョンにあげるのが決まりで、
僕たちが入っているおなかのところも
食べてほしいと思っていたのだけれど
あんこちゃんが言うには、ジョンには
あまり僕たちは良くないのだそうだ

この前、大きくなったちよみちゃんが
久しぶりにいろり庵に来た
犬のジョンと一緒に

ジョンはますますモップみたいな毛並みで
上目遣いにこっちを見ていた
タケダのおばあちゃんはいなかった
どうやら遠くの街のちよみちゃんの
お家に住むことになったようだ
少し前は入院をしていたんだって

そうかだからしばらく見なかったんだな
と分かった
あすかさんは寂しそうにたい焼きを
サービスと言って渡して
「またいつでも来てね」と言った
あんこちゃんも「うるさい鳴き声が
しなくなってせいせいするわ」と
だいぶ前から泣かなくなった
ジョンのことを邪魔がってみせたけど
とても寂しそうだった

離れて暮らしていたちよみちゃんと
タケダのおばあちゃんが一緒に暮らせるから
きっと幸せなんだと思うな
幸せだといいなと思った
旦那さんとちよみちゃんと一緒にたい焼きを
食べてる時が一番幸せそうに笑ってたんだもん
ひとりでいるより、幸せに違いない

僕もふじえさんがいなくなっても、
あんこちゃんとあすかさんが
いるから寂しくないのとおんなじだよね

つづく

◇◇


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