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06. ミスター③(Being For The Benefit Of Mr.Kite!)


一週間後、サツキと再会出来たのは偶然だった。


学内を探しても姿が見つからず、ダメで元々と、金曜日の終電過ぎの同じ時間、サツキと出会ったバーまで足を運んだのだ。


「久しぶり」

「ずいぶん探したよ。本当に同じ大学?」

「探し方が足りないんじゃない? まあ、わたしがあまり行っていないというのもあるけれど」

「今日はどうしてここに?」

「自分を探しに」

「落ちているかな」

「さあねえ」


サツキはグラスを傾けた。頬を隠す髪がずれ、輪郭が露わになる。見れば見るほど弥生にそっくりだ。生き写し、といってもいいかもしれない。つい見入ってしまう。


「どうしたの?」


サツキの声ではっと我に返る。


「知り合いに似ていたものだから」

「その人、相当美人なのね」

「中身は全然違うけど」

「もちろん、褒めてるんだよね?」

「もちろん、たぶん、きっと」


サツキが孝太郎を小突いた。秋彦と弥生が付き合い出す前、孝太郎も弥生とこんなやり取りをしていたな、と無性に懐かしい気持ちに襲われる。


「ちなみにさ、その子は同じ大学の人?」

「クラスメイトだよ」

「なんていう人? わたし友達少ないから、聞いてもわからないと思うけど」

「大村弥生って知ってる?」



どうせわかりはしないだろう。酔いと、少しの油断。サツキと再会できて嬉しかったということもあったかもしれない。つい、弥生の名前を口走ってしまった。


サツキはその名前を聞くと一瞬固まった。そして、少し遅れて「え」と短く声を出した。


「ひょっとして、知り合い?」


しまった、と思う。心に冷たい汗が流れる。


「知り合いっていうか、うちのママと同じ名前。旧姓だけど」

「なんだ」



孝太郎は胸を撫でおろす。良かった、本当に良かった。これからは情報の出し方に気をつけよう。


「まあ、さほど珍しい名前でもないからね」


しかしサツキは納得していない。眉間にしわを寄せ、難しい顔をしている。


「どうした?」

「あのさ、頭がおかしくなったと思わないでね」

「思わない」

「わたし、過去の世界へ迷い込んだのかもしれない」

「過去の世界?」

「つまり、わたしはいま、お母さんが学生だった時代に迷い込んでいる。ツヅキ君はお母さんの元同級生で、ツヅキ君の言う大村弥生と、わたしのお母さんは同一人物。どう?」

「どう、と言われても」

「わたしだけ携帯が通じないのって、どう考えてもおかしい。ツヅキ君はいまだにガラケー使っているし」

「ガラケー?」

「その、パカパカさせるタイプの携帯のこと。そのうちね、スマホって言って、こっちのタイプの携帯が主流になる」



ほら、とサツキがポケットから携帯を取り出し、操作して見せた。表面が全てガラスに覆われ、タッチパネル式の画面になっている。近未来感があると言われれば、たしかにそんな気もする。


「でさ、これが全くつながらないの」サツキは画面上部の「圏外」という文字を指差した。「地下でもないのにおかしいよ」

「そうかもしれない」

「でね、考えてみたの。わたしはいま、過去の世界に来ている。わたしが生きているのは2031年の世界。こっちはたぶん、2010年くらいじゃない?」

「2005年」

「やっぱり」サツキは興奮を隠さない。

「他に何か証拠は? それだけでは信じられない」

「さっきスマホ見せたでしょ」

「作り話かもしれない」



作り話にしては妙にリアリティがあった。内心思うが、口には出さない。



「堅苦しいことはいいから、一回外へ出てみよう」



それはまずいんじゃないか。そう止める暇もなく、サツキは二人分の支払いを済ませてしまった。そして、店の扉を開き、真夜中の渋谷の街へ飛び出していく。



孝太郎はその後を慌てて追いかけるが、扉の外にサツキの姿は見当たらない。まるで最初から存在しなかったように、忽然と姿を消している。

(to be continued…)

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