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「Galaxy AI」に見る、スマートフォンの危機



1. Galaxy AIとは

日本時間の2024年1月18日未明、Samsungの最新ハイエンドスマートフォンラインナップ、Galaxy S24シリーズが発表された。Galaxy S24シリーズは前作S23シリーズから様々な進化が見られるが、発表会において特に強調されていた点が「Galaxy AI」である。

Galaxy S24シリーズには「Galaxy AI」を活用した様々な新機能が搭載されている。音声通話やチャットにおける自動翻訳機能、文章の要約機能、画質向上や写真内のオブジェクトを移動させるといった高度な画像処理、指やSペンで丸く囲った部分の対象を認識して検索する「Circle to Search」などがその例である。

SamsungはAIを活用した機能の革新性をアピールしているが、これに対し筆者としてはスマートフォンの今後に危機を感じた。本記事では、筆者がそのように考えた理由を語る。

2. Galaxyの問題点

Galaxy S24シリーズにおいてAIの活用をアピールした背景には、昨年Chat GPTをはじめとする生成AIが世界的に大きな影響を与えたことで、人々のAIへの注目度が高まっている現状があると考えられる。AIの活用を全面に打ち出すことで、AIへの高い注目度やAIに対する期待をマーケティングに利用する戦略はPixel 8シリーズにも見られたものであり、スマートフォン業界に限らず最近の流行となっている。

その一方で、マーケティング戦略が先行し、宣伝文句に反して実際のところAIが十分に活用されていない、というような指摘は各所に見られ、Galaxy AIにもそういった側面があることは否定できない。実際、今回発表されたGalaxy AIの各機能は、ハードウェアとの連携が取れており完成度の高さを感じるものの、既存サービスでも利用できるものばかりであり、一部類似機能を搭載しているスマートフォンも存在する。

それでも、それらの既存サービスにあまり馴染みのない多くの人々にとっては、Galaxy AIを革新的だと感じる可能性が高く、十分なマーケティング効果を期待できるだろう。また既存の技術を上手く組み合わせより使いやすい形に変えるといったやり方は、イノベーションを起こすために有効な手段の1つであり、Galaxy AIの在り方を一概に否定することはできない。

しかし、既存技術の組み合わせばかりでは基礎的な技術力の向上を望めないことも事実だ。特にGalaxy Sシリーズでは、以前から「2億画素イメージセンサー」や「10倍望遠カメラ」といった、インパクト頼りで実際の効果に疑問が残る宣伝文句の多さが目についていた。今回のGalaxy AIについても、既存の類似サービスや類似機能を持つスマートフォンの存在を踏まえれば、名前のインパクトに対する機能面における実際の革新性は限定的であると考えられる一方で、Galaxy AI以外の要素におけるS24シリーズの進化は控えめな印象を受けた。

コストパフォーマンスに優れる中華スマートフォンの台頭により、世界のスマートフォン市場におけるSamsungのシェアが後退し、Galaxyスマートフォンの性能への信頼が揺らぐ中、実際のユーザーエクスペリエンスよりもマーケティング効果を優先したスマートフォン開発を続けることが得策だとは思えない。

Samsungが今後シェアを回復するためには、スマートフォン開発の方針を見直し、新しい付加価値の創出よりも基礎的な性能向上への投資を進めていくべきなのではないだろうか。

3. ハードウェアとソフトウェア

先述した通り、Galaxy AIの各機能は既存サービスでも利用できるものが多い。例えばAIによる文字起こしや翻訳、文章の要約といった機能は、検索すればiPhoneやGalaxy以外のAndroidスマートフォンでも、類似機能を備えたアプリを利用できることがわかる。つまり、一定以上の性能を備えた機種であれば、多少処理速度の差があるにせよ、どんなスマートフォンでも同様の機能を利用できるということである。

もちろん、Galaxy AIの方が精度が高かったり、遥かに処理が高速だったり、より使いやすい設計がなされている可能性が高いため、Galaxy AIに価値がないとは全く思わない。

しかしここで強調したいのは、各種AI機能は原則として、ハードウェア性能にあまり依存しないということだ。実際にGalaxy S24シリーズで利用できるGalaxy AIの機能の多くは、今後ソフトウェアアップデートによってGalaxy S23シリーズなど2023年に発売されたGalaxyのハイエンドスマートフォン・タブレットでも利用可能とのことであり、Galaxy S24シリーズのハードウェアにGalaxy AIを実現する特別な要素があるわけではないことがわかる。

従って、Galaxy AIはハードウェアアップデートによるものではなくソフトウェアアップデートによるものだとみなされるべきであり、ハードウェアの進化と、それによるユーザー体験の進化にフォーカスされるべき新製品発表会において、ソフトウェアの進化があたかもハードウェアの進化に依存したものであるかのように発表されたことには違和感を感じる。

AI機能の進化を目玉としているスマートフォンという点では先程挙げたPixel 8シリーズも同様だが、PixelシリーズはGoogleのスマートフォンとして、Googleのサービスを最大限に活かせる点をウリとしており、ソフトウェアアップデートをハードウェアアップデートと絡めてアピールすることに一定の合理性を見出すことができる。一方でSamsungは、イメージセンサーやSoC、メモリなどハードウェアを中心に扱っている企業であるため、時代の流れに合わせてAIの開発に注力する方針があったとしても、やはり製品発表会でその内容を中心に据えることは不適当だと考える。

消費者の多くはスマートフォンの進化がハードウェアアップデートによるものなのか、ソフトウェアアップデートによるものなのか、判別することができない。従って、ハードウェアアップデートとソフトウェアアップデートを混同して発表することが一般化すれば、よりコストがかからない傾向にあるソフトウェアアップデートによる差別化を優先するようになり、ハードウェアの技術発展が鈍化する恐れがある。

また、ソフトウェアが低コストで差別化できる要素だと見なされるようになれば、ハードウェアの条件としては実装できる機能だとしても、差別化のために旧機種や廉価機種には実装しない、といった動きが加速する可能性もあり、スマートフォン業界の衰退を招きかねない。

4. 「記号消費」

私はスマートフォンにはもう伸びしろがない、という意見には反対している立場だ。その一方で、スマートフォンの進化スピードが鈍化していると感じることも事実であり、全盛期の進化速度が維持され続けるとも考えていない。そしてスマートフォンの性能水準が向上した結果、ハードウェアの進化はわかりにくくなっている。例えば、iPhone 15 Proシリーズに搭載されているA17 ProチップのGPU性能は、数値上ではA16 Bionicに比べ1.2倍に向上しているとのことだが、この違いは高度な処理を要求する3Dグラフィックゲームをプレイしないほとんどの人々には実感できない差だと考えられる。

ジョン・ボードリヤールは著書「消費社会の神話と構造」にて、大量消費社会におけるモノの価値は、その商品に付与された「記号(イメージ)」であると主張している。例えばシャネルのバッグは、機能面ではユニクロのバッグと大差がなくても、商品のイメージがシャネルのバッグの価値を大きく引き上げている。同様に性能水準が向上し、機能面での差が小さくなっている現在のスマートフォンでは、機能よりもその製品の「イメージ」に重点が置かれるようになっていくと考えられる。そして実際、スマートフォンにおいてそのような動きは年々加速していて、Galaxy AIについてもそうした動きを反映したものだと考えている。

もちろんGalaxy AIに限らず、他社でも「イメージ」重視の傾向は見られる。Appleは特に「イメージ」の形成が上手い印象で、Dynamic Islandをその一例として挙げたい。Dynamic Islandの通知システムは、UIのデザイン次第で、インカメラがパンチホールに設けられたiPhoneに限らず、ノッチにインカメラが設けられたiPhoneでも利用できるはずだ。しかしAppleは、Dynamic IslandをパンチホールがあるiPhone特有の機能として宣伝することで、パンチホールがあるiPhoneにより優れた「イメージ」を付与することに成功した。

このようなスマートフォンにおける「イメージ」の形成自体は全く珍しいものではなく、そもそも「Super Retina XDR」や「Dynamic AMOLED」、「2億画素イメージセンサー」「Sony製1インチセンサー」といった性能に関する言葉も、そのスマートフォンに「高性能だ」という「イメージ」を付与するための記号とみなすことができ、しばしば名前の大袈裟さに対して中身が伴っていないと指摘される。

筆者としては「イメージ」の形成に重点を置いたアップデートよりも、「中身の伴った」機能的なアップデートを歓迎したい。しかしそれでも、今後のスマートフォン業界の動向としては、差別化の難しさから、やはり「イメージ」重視になっていくのではないかと思う。「Galaxy AI」を見て、筆者はその危機を強く感じ取ったのである。

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