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“古代エジプト人の24時間”を読んだ

 古代エジプトと言われて皆様は何を思い浮かべるだろうか。ピラミッド、ミイラ、ツタンカーメン、ファラオ……あるいは某ゲームにハマっている方なら、オジマンディアスことラムセス2世を思い出す方もいらっしゃるかもしれない。

 私はまず、ピラミッドとミイラ、そして遅れてモロヘイヤのスープがやってくる。

 子供のころ、父に連れて行ってもらったポットラックパーティ(持ち寄りパーティ)で、誰かがモロヘイヤの冷製スープを持ち込んだのである。私もご相伴に預からせていただいた。トロっとした感じの食感が奇妙だが美味しかったことを覚えている。招待客の1人がこう解説した。古代エジプト人はかの有名なピラミッドを作るときに、これを飲んでいたんだよ。だからあの暑さでも夏バテせずに、ピラミッドを作ることが出来たんだ。

 それ以来モロヘイヤを食べる機会には恵まれなかったが、その言葉は記憶に残っている。

 今回読んだ“古代エジプト人の24時間”は、かの有名なハトシェプスト女王の孫、アメンホテプ2世の時代を生きた人々についての書籍である。ハトシェプスト女王が誰なのかわからない方もいると思うが、とりあえず古代エジプトの女王で、功績がはっきりわかっていた女王という説明でここでは妥協していただきたい。ファラオは必ず男性であることという古代エジプトの伝統の中で、女王であるということは大したことなのである。

 アメンホテプ2世はハトシェプスト女王の孫である。父親の回復したエジプトの国威と広大な領土の維持に優れた手腕を発揮し、その身長は182センチと背の高い男だったとWikipediaには書かれていた。彼の元でエジプトは統治されていた。そして、全宇宙の秩序も。ファラオは太陽神ラーの子であり、現人神だったのである。

 さて、この書籍ではアメンホテプ2世統治下の古代エジプト人達の24時間について書かれている。1時間ずつ様々な人々が如何にその時間を過ごしたか、いきいきと描写されており、読んだだけでまるで古代エジプトにタイムスリップしたかのような気分になれる。豪雨と霰、そして雷が荒れ狂っている間、エアコンの利いた室内で読むのにはうってつけの本である。

 これを読むと、いつの時代も生きるということは大変なことなのだなあと思わずにはいられない。農民は汗水たらして早朝から働かねばならないし、その妻は料理や洗濯、子育てをこなさなければならない。医師は自分の禿頭を治してくれと言ってくる患者に悩まされている。漁師は小舟でナイル川に漕ぎ出してはワニに遭う可能性に怯えているし、煉瓦工に至っては奴隷も同然の人々である。

 じゃあ、ファラオなら素敵な人生を歩むことができたのでは?

 ファラオも大変なのである。彼は広いエジプトの統治に心を砕き、戦争では最高司令官として活躍しながら戦車を操縦し、平時には危険な動物であるカバを銛で殺さなければいけない。彼は常にスーパーマンであることを求められているのである。

 それでも、古代エジプト人達の人生には楽しみもたくさんあった。泣き女達は、誰からもその死を悼んでいない男の死に泣き叫んだ後はご馳走にたっぷりありつけたし、ジュエリー職人は自らの仕事を楽しんでいたし、老兵は子供たちに戦場での武勇伝を語るのだ。我々現代人と共通の悩みもある。医師の息子は学校で勉強に励み、文字の書き方に悩んでいたし、若い妻は年老いた夫がパーティで羽目を外さないか心配するし、別の妻は愛していない夫の葬式費用を安くできないか値下げ交渉に勤しんでいる。

 本質的に古代エジプト人と我々現代人はそう変わらないのかもしれない。

 本書を読んでいて、もう一つ感じるのは古代エジプト人の死についての見方である。彼らは死んだら必ずミイラにしてもらい、亜麻布に包まれ棺に入れられ、死後の裁きをしてもらいに行くのだ。高貴な人々はしょっちゅう自分の墓について考えているし、王の墓を作る監督も本書には出てくる。彼らにとって死の儀式は重要なことなのだ。墓には副葬品をどっさり入れて、死んだ後の飲食も十分保証されるよう壁画も書いて、碑文も刻む。そして死んだら“死者の書”を携えて、最後の裁判まで危険な旅をする。古代エジプト人にとっては、死とはまた別の世界に行くための門出だったのだろう。恐ろしいが、十分に準備はするのだ。

 この書籍にかの有名なピラミッドはほとんど出てこない。ピラミッドが確かに立派で目立ち、公共建築としては優れたプロジェクトだが、あまりにも目立ちすぎて盗掘に遭いやすいと人々が気づいてからだいぶ経った時代について本書は描いている。墓を盗掘されたくない人々は秘密の場所に墓を作るが、それでも墓泥棒はやってくるのだ……。

 このご時世、博物館にはなかなか行くことが出来ない。それでも歴史に触れ、非日常を味わいたいという方に本書を是非おすすめしたい。誰かにとっての日常が我々にとっての非日常になるとは奇妙な話だが、この書籍はそれを十分に味わわせてくれる。そして、もっと知りたいと考えたら是非、別の古代エジプトの書籍も読んでいただきたい。古代エジプト沼は、深い。

 この書籍はイギリスのマイケル・オマーラ・ブックスから出ている、“古代ローマの24時間(アルベルト・アンジェラが出している“古代ローマ人の24時間”とは別の本である。ややこしい)”を皮切りにした古代史24時間シリーズのうちの一冊である。他にもアテネ、中国などがあるようなので是非読んでみたいと思う。

 なお、本書にはモロヘイヤのことは一切出てこない。少々残念である。

 

古代エジプト人の24時間 ドナルド・P・ライアン著 市川 恵里訳

 

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